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連載・特集

[つなぐ] チャンゴ奏者 鄭慎二さん

安寧の願い 太鼓に託す

 革の面をばちでたたくと、高音と低音で軽快なリズムを刻む。広島県府中町の鄭慎二(チョン・シニ)さん(41)は韓国の太鼓、チャンゴの奏者だ。

 父祖の地・韓国に渡り、17年間、伝統芸能の神髄を学んだ経験を持つ。現在は広島市東区の在日本大韓民国民団(民団)広島県地方本部でチャンゴやテグム(横笛)の指導に当たっている。

 各地の演奏会に呼ばれることも多い。この21日には呉市の下蒲刈島で開かれる朝鮮通信使再現行列に仲間とともに出演し、サムルノリのリーダーを務める。農楽に由来し、チャンゴをはじめ4種類の打楽器で演奏する伝統芸能。民団県地方本部が毎年、行列にチームを派遣している。「豊作と安寧を祈りたい」と鄭さんは言う。

 祖父母は日本の植民地時代に日本に来た。両親が広島で生まれ、自分は府中町の幼稚園や小中学校で学んだ。食事や風習など、日常の生活で母国の文化に親しみ、韓国人としての自覚が芽生える一方、祖国を詳しく知らないもどかしさも感じるようになったという。

 進んだ安芸南高(安芸区)で先輩に誘われ、朝鮮半島の文化などを研究する同好会に入る。そこでチャンゴと出合った。折しも広島アジア競技大会(1994年)の前年。日韓の草の根交流を目指す機運が高まっていた。さらに伝統芸能のパンソリに打ち込む悲運の家族を描いて韓国で大ヒットした映画「西便制(ソピョンジェ)」やサムルノリのCDなどにも触れ、ますますのめり込んだ。

 高校卒業後、意を決してソウルへ向かう。延世大付属の語学学校で1年間、韓国語を学び、古都の扶余で著名なチャンゴ奏者の金徳洙(キム・ドクス)氏に弟子入りし、修業を積んだ。拠点を移しながらチャンゴに加え、テグムなどさまざまな楽器も学んで技と理解を深めた。

 「韓国の民俗音楽の根本にあるもの」をつかんだという感覚を得て、2012年秋に帰国する。6年たった今でも父が経営する会社を手伝いながら、日々の練習は欠かさない。16日には広島市中区のホテルで開催される民団県地方本部の創立70周年記念式典にも出演する予定だ。「鄭さんが奏でる音色は心に染み渡り、自然と気持ちも安らぐ」と文晶愛(ムン・ジョンエ)事務局長は語る。

 ふだん「ヒロシマ」を意識することはない。しかし小学生の頃、母から「8月6日の朝、あなたのおじいちゃんが観音の河原を散歩していた時、おぶっていた赤ちゃんはピカで死んだ」という話を聞いたことがある。その子が生きていれば、伯父に当たる。「被爆体験は自分の身近にもある」という事実を忘れたことはない。

 ことしは日韓の首脳が未来志向の関係を確認した「日韓共同宣言」から、20年の節目。長年韓国で暮らして、日本への感情の複雑さを肌身で感じてきた。二つの国を深く知るからこそ、言葉では軽々しく語れないという。チャンゴの調べに「安寧」への願いを託す。(桑島美帆)

(2018年10月15日朝刊掲載)

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