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社説・コラム

社説 東電の旧経営陣裁判 誰も責任負わないのか

 東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴された旧経営陣3人への被告人質問が行われた。改めて浮かび上がったのは危機意識の欠如と、無責任体質であろう。

 首をかしげたくなるのは、東京地裁の法廷に先日立った元会長、勝俣恒久被告の証言だ。

 事故前に大津波の危険性に触れた部下の指摘を「懐疑的に聞こえた」と振り返り、安全対策については「担当の原子力・立地本部が適切にやってくれると思っていた」と説明した。随分と都合のいい主張ではないか。

 その正副本部長をかつて務めたのが、ともに元副社長で、同じ法廷に立たされている武黒一郎、武藤栄両被告だ。責任のなすり合いとも映る。いずれにしても見苦しい光景ではあった。

 ある種の開き直りを勝俣被告に感じたのは、自らの職務を巡り「東電の業務範囲は広く、全てを直接把握するのは不可能に近い」と強調した点である。社内地位の高さを逆手に取った方便とも聞こえ、東電の企業統治を自己否定したに等しい。

 東京地検が2度にわたり不起訴としながら、検察審査会の議決による強制起訴で昨年6月から裁判が始まった。既に30回を超えた公判でヤマ場とされたのが、先日の被告人質問だった。

 あれほどの大事故なのに、誰も責任を負わず、罰せられないのはおかしい―。福島の被災者はもちろん、同じ疑問を抱え、事故の真相を知りたいと思う国民は決して少なくないだろう。

 検察官役を務める指定弁護士の訴えは、大筋でこうだ。

 武黒、武藤両被告は2008年、政府機関の地震予測に基づき社内で出された最大15・7メートルの想定津波の報告を受けた。勝俣被告も社内会議での部下の発言から危険を認識しながら土木学会に検討を委ね、対策を先送りにした―。「注意義務を尽くせば事故は回避できた」と、指定弁護士は不作為を断じる。

 3被告は「多大な迷惑をお掛けした」などと謝罪から切り出した。ところが続けて「事故の予見は不可能」と訴え、部下の報告も「記憶にない」と繰り返す。対策を先送りしたとする指定弁護士の追及に「心外だ」と語気を強める場面もあった。

 非常用電源を高台に移転するか防潮堤をかさ上げしていればどうだったか。少なくとも、全電源喪失には至らずに済んでいたのではないか。東北電力が宮城県の女川原発で一定の対策を講じ、最悪の事態を免れたことからも明らかだろう。

 東電は安全より利益を優先したのではないか。指定弁護士が追及する根拠は、東京地検に対する元東電幹部の供述調書だ。

 07年の新潟県中越沖地震で柏崎刈羽原発が停止し、赤字に転落した。津波の試算が公になることで福島第1原発まで停止を求められるのを懸念し、経営優先の判断をしたとされる。

 福島事故は「人災」だと、国会の事故調査委員会は既に結論付けている。避難住民らが起こした損害賠償請求などの訴訟で複数の地裁も津波は予見でき、事故は防げたとした。東京地裁の判決にどう影響するだろう。

 次回14日の公判は被害者の遺族が意見陳述する。「道義的責任はあると考えている」と勝俣被告は述べた。事実をつまびらかにし、多くの疑問に答えることこそ果たすべき責任である。

(2018年11月1日朝刊掲載)

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