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社説・コラム

社説 北方領土交渉 2島先行 慎重な対応を

 手詰まり状態を打開しようと一歩譲ったつもりかもしれない。ただ相手は百戦錬磨の強者である。ずるずると向こうのペースに引っ張り込まれないか。そんな危うさを一方で感じる。

 安倍晋三首相はロシアのプーチン大統領との首脳会談で、1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約締結に向けた交渉を加速させる方針で一致した。

 共同宣言は、平和条約締結後に北方領土のうち歯舞群島と色丹島を日本に引き渡すと明記している。2島の先行返還も選択肢に入れ、交渉を進めるのが日本の狙いなのだろう。

 両氏の首脳会談は23回目となったが、今回は少し様相が違っていた。「一切の前提条件を抜きにして今年末までに平和条約を締結しよう」。そうプーチン氏が9月に突然提案した後では初めての会談となったからだ。

 それまでロシアのかたくなな姿勢に変化の兆しは見られなかった。それだけに、プーチン氏の提案は平和条約には前向きで、現状を変える機会だと安倍氏は考えたのかもしれない。

 2年前に安倍氏は、プーチン氏との個人的な信頼関係を強調して、北方領土問題に関して今までとは違う「新たなアプローチ」という考え方を打ち出した。北方四島で共同経済活動を実施して両国の信頼関係を深め、それをてこに領土問題の解決に向けた交渉につなげていくというものだ。

 海産物の養殖など5項目のプロジェクトを双方の事業者が共同運営することで合意した。ところが適用する法的な枠組みをどうするかなどで話し合いは難航し、目に見えた成果は上がっていないのが実情だ。

 一度は「受け入れられない」としたプーチン氏の提案だが、思うように進まない共同経済活動に、しびれを切らした安倍氏が乗ったのだろう。

 しかし北方四島の帰属問題を解決した後に、平和条約を結ぶとした従来の日本政府の考え方との隔たりは大きい。政府がどう言いつくろうと、方針転換であることは間違いない。

 安倍氏は今回の会談後、戦後70年以上も平和条約を締結できていない状態に「必ず終止符を打つという強い意思を完全に共有した」と力を込めた。2人のリーダーシップで平和条約交渉を仕上げるとの決意まで口にした。

 2021年9月に自民党総裁としての任期が切れれば、首相の座を降りることになる。それを意識して、外交面で大きな業績を残そうと焦っているようにも映る。そんな足元をプーチン氏に見透かされないか、懸念される。

 仮に北方領土の問題を一時棚上げして平和条約を結んだとしても、先行きは不透明だ。2島返還に見通しが立っても、残る国後、択捉両島の扱いをどうするかなどハードルは多く残る。

 そもそもロシアは、北方四島は「第2次大戦の結果、正当な領土となった」と考えている。しかも返還したら日米安保条約に基づいて米軍が展開してくるのではと不安に思っている。それを払拭(ふっしょく)するには、日本は米国と交渉しなければならない。その覚悟はあるのだろうか。

 領土問題の交渉は、北方四島の元島民をはじめ国民にきちんと説明して理解を得ながら、慎重に進めていくべきである。

(2018年11月16日朝刊掲載)

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