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社説・コラム

天風録 『市原悦子さんの問い掛け』

 テレビの「まんが日本昔ばなし」で慣れ親しんだあの声だ。うれしくなって思わず取材の手が止まる。だがその声が鬼気迫るものになると聞き手は一気に空襲による劫火(ごうか)の世界に引き込まれる▲かつて市原悦子さんの講演を聞いたときのことである。悲報を受け、当時の臨場感がよみがえってきた。講演の主題は市原さんの役者人生だったと記憶するが、そちらは正直あまり思い出せない。市原さんもそれは織り込み済みだったかもしれない▲昔話のゆったりとした語りや、ドラマでのコミカルな役どころでお茶の間を楽しませてきた。その傍ら、ライフワークとして、戦争の記憶を後世につなぐ朗読活動を30年以上も続けていたのだから▲原点には空襲や疎開を体験した少女時代があるようだ。いたいけな命を奪う戦争には黙っておられなかったのだろう。あまんきみこさんの「ちいちゃんのかげおくり」といった子どもを描いた物語を好んで読んでいた▲ちいちゃんがどうして死ななきゃならなかったのか。著書には、朗読を通して伝えたいこととして次代へそんな問い掛けを残していた。私たちは答えを考え続けなければ。戦争の記憶を「昔ばなし」にしないために。

(2019年1月16日朝刊掲載)

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