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社説・コラム

社説 北方領土交渉 国民に説明し理解得よ

 ロシアのプーチン大統領の術中にはまっているのではないか。北方領土交渉を踏まえた平和条約締結へ前のめりな姿勢に安倍晋三首相がつけ込まれているように映る。モスクワで開かれた日ロ首脳会談である。

 首相は年頭会見で「戦後日本外交の総決算を果断に進める」と息巻いた。とりわけ北方領土問題を重視している。政権のレガシー(政治的遺産)づくりのため、自らの任期中に決着させたい思いが強いとされる。

 今回の会談で、平和条約の条文づくりに向けた作業の確認に踏み込みたかったようだ。しかし具体的な進展を何も示すことができなかった。

 6月に大阪で開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議に合わせた日ロ首脳会談で領土問題解決へ一定の道筋をつけたい腹づもりとされる。だが、それも見通せなくなった。

 両首脳が1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速させる方針で合意したのは昨年11月のことだ。プーチン氏は会談後の共同記者発表で、条約締結に向けた意欲を安倍首相と再度確認したと強調した。

 ただロシア側は平和条約交渉と絡めて経済協力の拡大を日本に求めている。記者発表の席でも「両国の連携の潜在性が生かされていない」と指摘し、今後数年間で両国の年間貿易高を1・5倍の300億ドル(3兆3千億円)に引き上げるよう日本に求めたことをアピールした。

 ロシア国内では、領土引き渡しへの反対論が強まり、各地で集会が開かれている。北方領土を実質支配しているロシアに決着を急ぐ理由はあるまい。日本から見れば、なし崩しで経済協力だけが先行し、領土問題が置き去りにされないか心配だ。

 両首脳は会談後、「相互に受け入れ可能な解決策を見いだす作業を進める」と口をそろえた。だが、先立って開かれた日ロ外相会談では、北方領土を巡る歴史認識などで、大きな隔たりが浮き彫りになっていた。

 北方領土が第2次世界大戦の結果として合法的にロシア領になったことを日本側が認める-。それが交渉の前提だとロシア側は強硬に迫った。

 日本側としては受け入れられない要求である。日本の立場は、当時のソ連が日ソ中立条約に違反して北方領土を占領し、今日に至るまで不法占拠しているというものだ。万が一にも認めれば、領土返還を求める根拠そのものを失ってしまう。

 交渉の出発点となる共同宣言は、平和条約の締結後に「歯舞、色丹島を引き渡す」と明記している。しかし、主権がどちらに属するかははっきりしていないとロシア側は主張する。プーチン氏は「どちらの主権になるかは引き渡した後の交渉次第」との考えを示している。

 数々の隔たりを埋めるのは容易ではなかろう。

 安倍政権の内部には、国後、択捉両島の返還をロシア側が認める可能性は小さいと判断し、歯舞、色丹2島の返還で決着させる案が浮上している。その場合、「北方四島を日本固有の領土」としてきた従来の政府見解との整合性はどうなるのか。

 もし政府が4島返還を断念するのであれば、領土に関わる重大な国策の転換になる。国民に丁寧な説明を尽くして、理解を得る責任がある。

(2019年1月24日朝刊掲載)

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