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社説・コラム

社説 米の小型核製造 軍拡回帰まかりならぬ

 トランプ米政権が爆発力を抑えた小型核弾頭の製造に入ったという。エネルギー省国家核安全保障局が明らかにしたと、現地メディアが伝えた。

 小型核の開発は昨年2月に打ち出された米核戦略指針「核体制の見直し(NPR)」に盛り込んでいた。ロシアに対抗する狙いで、無神経にも「使える核兵器」と称される。

 核兵器使用に対する自制のハードルが下がるのは間違いない。危険で不毛な軍拡競争に堕した冷戦時代へと、時計の針を逆戻りさせる歴史的な愚行である。決して許されない。

 どんな核兵器も「絶対悪」と見なし、核保有国や同盟国に政策転換を迫りつつある国際世論にも逆行している。核兵器のない世界を願い、批准の進む核兵器禁止条約である。廃絶を悲願とする広島、長崎の被爆者が、「まかりならん」とばかりに声をそろえたのは当然だろう。

 米国とロシアはいま、互いの「脅威」を強調し、非難の応酬を続けている。

 米側は、ロシアが中距離核戦力(INF)廃棄条約を破り、新型ミサイルの配備をしていると非を鳴らす。ロシア側は、米国が欧州で展開する弾道ミサイル防衛(BMD)システムをやり玉に挙げている。

 はた目にはしかし、別の図式が透けて見えてくる。金食い虫の戦略核に大金を回す体力が落ちた両国は、聞こえのよい「核なき世界」を大義名分に協調しながら削減してきた。更新経費を節約して浮いたカネを、今度は小型核や新型ミサイルの製造につぎ込む…。核大国のそんな勝手を通すわけにはいかない。

 両国が信奉する言語道断の核抑止論にしても、相手に核兵器の使用を思いとどまらせる「恐怖の均衡」がその正体ではなかったか。人の命をむげにする「使える核兵器」なる発想がのさばれば、この世界は一体どうなってしまうだろう。

 実際、米がNPRを公にして以降、むしろ世界は不安定さを増している。

 米中貿易戦争は収まるどころか、火種を増やしている。国連安全保障理事会の制裁決議で弾道ミサイル開発が禁じられたはずのイランは、防衛目的のミサイルだと開発継続を隠さない。きのうは米国家情報長官が「北朝鮮は核兵器と製造能力を完全には放棄しそうにない」との悲観的な見解を示した。

 内政でロシア疑惑によって守勢を余儀なくされるトランプ大統領には、対ロシアで強硬姿勢を示し、求心力を取り戻したい思惑もあるだろう。

 安倍晋三首相は、広島市の平和記念式典で「唯一の戦争被爆国」や「被爆者の方々に寄り添う」との言い回しをしばしば持ち出す。国会論戦でも、核兵器禁止条約について「核廃絶のゴールは同じ」としてきた。

 小型核をいまだに「絶対悪」と退けないのはまさか、その条約が被爆者の悲願だと知らないからだろうか。

 河野太郎外相は昨年、NPRを「同盟国に対する拡大抑止へのコミットメント(介入)を明確にした」「高く評価する」と歓迎し、批判を浴びている。今回の所感が注目される。

 「唯一の戦争被爆国」ならば核保有国にどう主張し、核のない世界を主導するのか。その道筋こそ政府は語るべきである。

(2019年1月31日朝刊掲載)

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