×

ニュース

戦争の恐ろしさ 伝える 北日本文学賞選奨 広島出身の石井さん

被爆体験 幻想的作風に

 広島市中区出身の石井渉さん(80)=大阪府吹田市=が自らの被爆体験を基に短編小説を紡ぎ、第53回「北日本文学賞」で最高賞に次ぐ選奨に輝いた。原爆のために就学もままならない子ども時代を送り、「まともに読み書きを学んだのは65歳になってから」という。初応募での快挙に「自信になった。作品から戦争の恐ろしさが伝われば」と語る。(石井雄一)

 同文学賞は北日本新聞社(富山市)が主催し、選者は作家宮本輝さんが務める。400字詰め原稿用紙30枚の小説を公募。今回は国内外から1063編の応募があった。

 選奨を受けた「ピカドンと天使と曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」は、宮本さんの選評で「受賞作(最高賞)にしようか一瞬迷った」と高く評価された。原爆被災を経て広島駅に住みついた少年「ぼく」が主人公。悲しみを抱えつつ仲間の子どもたちとたくましく生きる姿を、幻想的な場面も交えて描く。

広島駅に居着く

 主人公は自身がモデル。6歳だったあの日、爆心地に近い広島市紙屋町(現中区)で被爆した。家の蔵から出た直後に閃光(せんこう)を浴び、爆風で体を庭の木にたたきつけられ意識を失った。熱さで目を覚まし、全身にやけどを負いながら市内をさまよったという。「どこをどう逃げたんか。記憶は今もジグザグになっとる」

 事情があって母は別居しており、父は南方の戦地に赴いていた。「養子のような立場で」預けられていた当時の家には戻れず、一時、親戚宅に引き取られるが、すぐ居づらくなる。「屋根もあるし仲間も多かった」広島駅で過ごすようになった。父親の帰りを待つためでもあったが、再会はかなわなかった。

 今作は、「あの時に戻ったつもりで書いた」と語る。作中に出てくる、爆風で割れた教会のステンドグラスが背中に刺さった少年は、広島駅に居着いた仲間がモデルという。

 背中のガラスに日差しや夜汽車のライトが反射し、壁や天井を鮮やかに照らすというシーンがある。その荒唐無稽な明るさが、被爆の悲惨さを際立たせる。宮本さんが「南米の作家が得意とするマジックリアリズム、あるいは世阿弥の複式夢幻能を思わせる」と評した作風だ。

65歳で勉強再開

 石井さんは10代半ばで大阪に移り、新聞販売店従業員やタクシー運転手など、職を転々とした。30歳ごろ、母とは再会できたという。本格的に読み書きを学んだのは65歳の時、大阪文学学校(大阪市)に入ってから。「原爆で学校にほとんど通えなかった。新聞の広告で見掛けた『学校』というものに興味が湧いた」

 通い始めた当初は、あまりのたどたどしさに「何で入ってきたん」とも言われたという。必死に本を読み、辞書の言葉をノートに書き写すなど、寝る間も惜しんで文章を磨いてきた。「やっぱり書いてる時が幸せやから。継続は力やね」

 ジャズミュージシャンの肩書も持つ。「今は仕事はないけどな」。広島時代に出会った、神父だと名乗る米国人にサックスをもらったのがきっかけで、演奏に親しむようになったという。

 選奨は副賞30万円で、1月26日に富山市内で贈呈式があった。「僕自身はちっぽけやけど、作品を10人が読んだら10人に広がる。今回を励みに、今度は長編を書きたい」

(2019年2月7日朝刊掲載)

年別アーカイブ