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社説・コラム

米のINF条約破棄 日本の役割は 一橋大国際・公共政策大学院長 秋山信将氏に聞く

国際ルール作りへ知恵を

 トランプ米政権が中距離核戦力(INF)廃棄条約破棄をロシアに通告した。ロシアも同条約の義務履行を停止する。米国の狙いやアジアの安全保障体制への影響、日本の役割を一橋大国際・公共政策大学院長の秋山信将氏(国際安全保障)に聞いた。(田中美千子)

 米国は2014年、ロシアが開発した新型ミサイルは条約違反に当たると公式に指摘し、是正を求めてきた。米政権内ではまた、軍備管理の枠組みに入らず、フリーハンドでINFを増強してきた中国に対抗する必要性が議論されてきた。

 「(射程の長い)戦略核があれば抑止は効く」との考え方も変わってきた。戦略核は広範囲に破壊的打撃を与え、全面戦争を招きかねない。トランプ氏の周辺は、「米国は戦略核の使用には踏み切るまい」とみたロシアが、より強硬な態度に出てきたと懸念。「ロシアや中国に対抗できる装備を持つべきだ。米国だけが条約に縛られるのはおかしい」との論理なのだろう。

 ただINFの開発には時間を要し、米国はすぐには弱点を克服できない。仮にアジアに展開するにしても、核弾頭を装備した中距離ミサイルの日本への配備はあり得ない。通常弾頭のミサイルでも、地元から反対世論が広がり、日米同盟が揺らぎかねない。

 米国の行動には、中国を軍備管理の交渉に巻き込む狙いがある、との見方もある。確かに中国が台頭し、人工知能(AI)兵器など新たな脅威もある中、多国間の戦略的安定がどういう状況なのか、不透明さは増している。新たな軍備管理の枠組みを志向する考えには一理ある。ただ、具体案もないまま既存の条約を破棄し、各国が無制限な軍事競争に突入すれば、衝突の危険性が高まるばかりだ。

 今、日本がすべきなのは米国、さらには中国やロシアへ、国際ルールに基づいた軍備管理を通じて安全保障を確保していく重要性を思い出させることだ。INFは、まさに日本の安全保障に直結するからだ。

 日本は、1980年代のINF条約交渉にも影響を及ぼした。アジア向けに配備された旧ソ連のミサイルが残る可能性があったが、中曽根政権が全廃を促した。ルール無用の軍拡は中国やロシアも避けたいはずだ。どんな条件なら、各国が軍備管理や軍縮の議論に乗れるか、日本が知恵を絞るべきだ。

中距離核戦力(INF)廃棄条約
 1987年12月、当時のゴルバチョフ・ソ連共産党書記長とレーガン米大統領が調印、88年6月発効。核軍縮分野で特定兵器の全廃を決めた史上初の条約。両国の地上配備の中・短距離核ミサイル(射程500~5500キロ)を発効3年以内に全廃すると定め、91年までに双方で計2692基を廃棄した。トランプ米政権は昨年10月、ロシアの違反を理由に条約の破棄方針を表明、今年2月に破棄通告を発表した。規定により条約は6カ月後に失効する。広島市と長崎市は被爆地として懸念を表明。代替的な軍縮措置のないまま失効させないよう求める要請書を両国に提出した。

(2019年2月14日朝刊掲載)

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