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社説・コラム

社説 米の臨界前核実験続行 被爆地の声 聞くべきだ

 米国が2月にネバダ州で臨界前核実験を行っていたことが分かった。トランプ大統領の下では2017年12月以来だ。核爆発を伴わないものの、極めて毒性の強いプルトニウムを用いる実験であり、このプルトニウムによる汚染も確認された。被爆地の新聞としてあらためて強く抗議の意思を示したい。

 プルトニウムに爆薬で衝撃を与え、核分裂の連鎖反応が続く「臨界」に達しない状態で、貯蔵核弾頭の安全性向上のためのデータを得るのが目的だという。米国は1992年に地下核実験をやめ、97年から臨界前核実験に切り替えている。

 臨界前核実験はオバマ政権下でも続き、トランプ政権も2度実行に移したことになる。オバマ前大統領は「核兵器なき世界」を唱えてノーベル平和賞を受賞したが、核兵器を維持したことには変わりはない。

 その相矛盾した姿勢が結果として、トランプ政権の核戦略強化を後押ししたといえよう。トランプ政権は昨年2月、核兵器を「使える兵器」として役割拡大を目指す方針を表明した。核保有国と非核保有国の対立が深まる中、核兵器分野の研究を進める米の姿勢が鮮明となったのはゆゆしきことである。

 前回の臨界前核実験を巡っては松井一実広島市長が抗議文を送ったが、駐日大使は「(日米の)協力関係を強化、支援する方策を探るため、緊密に連携するのを楽しみにしている」と答えるにとどまった。このたびも市長は抗議するだろうが、「日米同盟」を持ち出すようなはぐらかしは承服できない。

 この5年余りを顧みると、核廃絶へのうねりは確実なものになった。17年7月に核兵器禁止条約が国連加盟国の3分の2に当たる122カ国・地域の賛同で採択されたことが最も大きい。カナダ在住の被爆者サーロー節子さんによれば、核兵器は道徳に反する存在だったが、法にも反する存在になる。

 臨界前核実験も条約に反することになるが、トランプ政権の新たな核戦略指針は核兵器禁止条約について「非現実的な期待に基づく」と全否定している。さらには、ロシアが中距離核戦力(INF)廃棄条約を破って新型ミサイルを配備している、と非難し、条約破棄を表明した。このまま8月に条約が失効すれば核軍縮が30年は後戻りするとの懸念が拭えない。

 自国や同盟国の危機に備え、核兵器は万全の状態にしておくのだろう。臨界前核実験など個別の動きにとどまらず、その核戦略を根本から問いただしていかなければなるまい。

 折しもトランプ大統領がきのう来日した。27日に安倍晋三首相と会談する。北朝鮮やイランなどを巡る情勢が緊迫する中、日米首脳があらためて「信頼関係」を築くことに異論はないものの、安倍首相には被爆国の立場から臨界前核実験に、もの申すことを強く求めたい。

 実験に伴い、核物質封じ込め用容器の周辺で少量のプルトニウムによる汚染も確認された。世界各地の核関連施設で、これまでも放射性物質による汚染が大きな問題になってきた。米当局は外部への影響はないとしているが、臨界前核実験は直ちに中止した上で、汚染の原因を解明し、作業員の被曝(ひばく)の実態を明らかにすべきである。

(2019年5月26日朝刊掲載)

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