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社説・コラム

天風録 『被爆遺構の展示』

 梅雨明け前の蒸し蒸しする時季がちょうど刈りごろという。畳表に使うイグサである。最高級として知られる備後畳表の継承に取り組むグループが、きょう福山市内で収穫を始める▲刈り取ったイグサは泥に漬ける。独特の香りや、つやつやした手触りを引き出すのに欠かせない。その後に乾かし、色が落ち着くのを待つ。早ければ年末ごろ青々とした畳ができるそう▲炭化し、ばらばらになったイグサに、根こそぎ奪われた人々の暮らしを重ねた。広島市が平和記念公園内で発掘し、先日公開した被爆遺構。焼け落ちた畳の一部らしい。居間で直前までだんらんやくつろぎがあったのか▲原爆の落ちたのが広い公園でまだ良かったですね―。そんな誤解が修学旅行生や訪日客の間にいまだにあるようだ。市は、発掘した場所で遺構の常設展示を計画する。そこがかつて町であり、失われたものの大きさを知ってもらうためであるはずだ▲発掘は続く。今後も胸の詰まるような痕跡が出るかもしれない。市は被爆75年を迎える来年度に展示施設を完成させるというが、急ぎすぎていないか。あの日まで確かにあった生活の跡を前に考えたい。訪れる人に響く場所とは何だろう。

(2019年7月10日朝刊掲載)

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