×

社説・コラム

[歩く 聞く 考える] 日中「永遠の隣国」

■特別論説委員 佐田尾信作

普通に<いいね>の間柄に

 6年ぶりに中国の上海を訪ね、その足で「三国志」ゆかりの古都、無錫と蘇州も巡った。この国で筆者が初めて取材活動をしたのは30年近く前。社会主義体制であることは変わらなくても、違う国のように映る。アリババ集団などのIT企業が急成長した今、日本をはるかにしのぐスマートフォン(スマホ)決済社会、シェア社会になっていた。

 運河の街、無錫の古刹(こさつ)。お堂では昔のジュークボックス風のパネルがQRコードを映し出す。スマホをかざすと、現金を使わず口座から寄付できる。近くで駐車違反の取り締まりを目にした。「罰金もスマホで払うんです」と筆者たちがガイドを頼んだ上海の男性。大道芸の投げ銭もQRコードでOKと聞いていたが、遭遇することはなかった。

 街中は自転車が電動バイクに取って代わられていた。免許が要らず、家庭で充電できる。しかもスマホ決済する料理のデリバリーサービスが活況を呈し、配達員は電動バイクで走り回っている。ガイドの男性は「路上では気を付けてください。静かに歩行者の背後に来るので」と声を掛けた。引ったくりではなく事故に注意を、ということだ。

 自転車の方はといえば、やはりスマホ決済で乗り捨てできるシェア自転車として役目を果たす。とはいえ誰が回収するのやら。乱雑に置かれた光景も街中で目にする。

 こうした技術革新以上に、目まぐるしいのは都市の大改造だ。いずこも高層マンションの建設ラッシュで、その谷間のれんが造りの家々は取り壊されたり、孤立したり。無錫や蘇州の運河沿いでは古い街区をそのまま生かした外国人向けのおしゃれな店が次々進出し、住人と入れ替わる。移転補償はあるそうだが、日本では考えられないような大掛かりな立ち退きが進んでいた。

 こうして急速に変貌する中国と日本は今後どう付き合うか。

 日中首脳会談が先月大阪市内で開かれた。首相安倍晋三は「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」と表明し、「永遠の隣国」という言葉も口にした。同じ日、三菱UFJ銀行が邦銀で初めて人民元決済銀行に指定されるというニュースも。米中の貿易摩擦が日中の政経の接近を促している一面はあろうが、沖縄県尖閣諸島の問題で関係が冷え込んだ一時期からは想像もできない。

 中国通で「モノ言う中国人」などの著書がある西本志乃に尋ねた。西本は「もはや中国人にとって日本は(経済発展の)憧れの先輩ではありません」と断言する。一方で日中の過去に絡むこだわりも薄れ、会員制交流サイト(SNS)の感覚で日本に<いいね>と普通に言える人々が主流になったとみる。しかし日本の側に中国嫌いが増えており「中国の片思いの感もあります」。

 西本は今、広島を拠点に中国人向けインバウンド(訪日客)ビジネスを手掛ける。広島は欧米人が主流の都市だが、個人消費の水準が高い中国人を呼び込む努力がもっと必要だという。「習近平(国家主席)に代表される、文化大革命に翻弄(ほんろう)された世代と違って、1980年代以降の生まれの人たちは付き合いやすい」という感触も持っている。

 中国の作家莫言はかつての一人っ子政策など母国の暗部を描き、2012年にノーベル文学賞を受賞した。彼は20年前に来日した折に「中日関係とは、複雑にして単純、憎しみありて愛もあり疎遠にして親密であります」と講演で述べている。

 さらに自身の娘を引き合いに出した。彼女は同年代の日本の男子高校生と交流し、当初は茶髪の不良―と嫌っていたが、やがて打ち解けたという。「スラムダンク」「ちびまる子ちゃん」など日本のアニメの話題が印象を一変させたのだ。

 路地裏に多くの店が集まる上海の新名所、田子坊にある牛乳糖(ヌガー)専門店は店構えや接客が日本の菓子店と変わらない。無愛想が当たり前の「国営商店」を知る者としてはほっとする。訪日客の急増は日本の「おもてなし」の逆輸入を促しているのだろうか。感じ入ったことがあれば、日本人も普通に<いいね>を。わが娘と男の子のような間柄が広まれば戦争も起きない―と莫言はまた述べている。(敬称略)

(2019年7月11日朝刊掲載)

年別アーカイブ