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社説・コラム

天風録 『高校野球と千羽鶴』

 敗れたナインが勝者に千羽鶴を託す。高校野球の風物詩といえる光景が年々、列島の各地から消えつつあるらしい。この夏も、甲子園のお膝元、兵庫の大会で鶴の受け渡しを県高野連が禁じた▲お達しの理由は「もらったチームが処分に困るから」。勝ち進めば千羽どころか万羽、十万羽ともなりかねない。さりとて捨てるに忍びない。出場校の多い福岡や神奈川の大会も、何年か前から受け渡しを禁じている▲そもそもベンチには野球用具しか持ち込めない。どうして千羽鶴が掛かるようになったのか。発祥の地は、ほかならぬ広島である。1970年夏、代表校となった広島商ナインが初めて鶴の束を持ち込む。当時は大阪万博のさなか。「甲子園でも世界平和を訴えよう」と全校生が1羽ずつ折り、託したのだった▲被爆後に「生きたい」と願い、病床で鶴を折り続けた…。佐々木禎子さんの悲話が下敷きにあるのは言うまでもない。広島商の平和の願掛けから必勝祈願に意味合いこそ転じたものの、いちずな思いだけは変わるまい▲悔しさを笑顔に託す千羽鶴(二宮茂男)。せめて数羽でも手渡せぬものか。涙をのんだ球児らの心も甲子園の土を踏ませてやりたい。

(2019年7月27日朝刊掲載)

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