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社説・コラム

社説 INF廃棄条約失効 核軍拡への逆行許すな

 米国とロシアが結んでいた中距離核戦力(INF)廃棄条約がきのう失効した。史上初めて特定分野の核兵器全廃を定めていた画期的な条約である。なくなってしまう衝撃は大きい。

 「世界は核戦争に対する計り知れぬほど貴重な歯止めを失う」と国連のグテレス事務総長は強い懸念を示した。まさにその通りだろう。米ロは地球上に存在する約1万4千発の核兵器の9割以上を持つ核超大国である。歯止めがなくなれば、核軍拡競争に逆戻りしかねない。

 核軍縮の枠組みの早急な整備が国際社会に求められる。そのため被爆地広島から核なき世界を改めて訴える必要がある。

 この条約は、核弾頭があるかどうかを問わず地上配備の中・短距離ミサイル(射程500~5500キロ)を3年以内に全廃すると定めている。1987年末に当時のソ連と米国が調印した。互いに欧州に中距離核を配備し、緊張状態が続く中、交渉が進んだ。「欧州を広島のような核の戦場にするな」(ノー・ユーロシマ)と訴える80年代前半の反核運動の盛り上がりも成立の背景にあったに違いない。

 両国は91年までに対象となる2692基を全て廃棄。東西冷戦の終結を後押しし、核軍縮への道を開いた。

中国は「野放し」

 ところが、近年は「相手国が条約に違反した」と非難の応酬が続いていた。昨年10月には米国が条約を破棄する方針を表明し、今年2月に破棄の通告と履行停止を発表していた。

 「中国に出し抜かれた」という思いが米国にはあるようだ。この条約に縛られない中国は台湾や南シナ海で米国に対抗するため弾道・巡航ミサイルを相次いで開発。ほとんどが条約の対象となる中・短距離のミサイルを2千発以上持ち、米領グアムや台湾、日本を射程に収めた。米空母を想定したものもあるという。米国にとっては「野放し」の軍拡に見えるのだろう。

 米国は今後、グアムや在日米軍基地などに巡航ミサイルを配備して対抗するとみられる。日本に配備されることになれば、中国から狙われるリスクが高まる。条約失効は、日本にとっても決して人ごとではない。

 米ロに中国を加えた核軍拡競争は止めねばならない。気になるのが、米ロの核軍縮関連条約で唯一残った新戦略兵器削減条約(新START)だ。配備戦略核弾頭数や大陸間弾道ミサイル(ICBM)などの運搬手段総数を制限した条約は2021年2月に期限を迎える。米国の対応が今後の鍵になりそうだ。

実戦使用を想定

 トランプ米大統領は「21世紀モデル」の多国間の軍縮枠組み構築に意欲を示している。真剣に取り組むのであれば、国際社会も歓迎するだろう。

 しかし一方で小型核の開発を進め、実戦使用を想定した作戦の新指針をまとめている。これでは、中国やロシアが交渉のテーブルに着くはずはなかろう。北朝鮮に非核化を迫っても説得力を欠くのではないか。

 中国は、核兵器の保有数は米ロに比べ1桁少ないなどと「脅威論」を否定している。軍縮協議など自らに制約を課すことにも消極的だ。ただ近年の軍拡は目に余る。放ってはおけない。

 核拡散防止条約(NPT)の第6条を思い出したい。米中ロに英国とフランスを加えた核保有5カ国に「核軍縮への誠実な交渉」を義務付けている。しかも00年のNPT再検討会議では、この5カ国を含む全会一致で「完全廃絶への疑いのない約束」を誓った。

禁止条約発効を

 にもかかわらず約束をほごにし、誠実な交渉を怠ってきたのが保有国だ。核なき世界を願う国々や市民社会の強い反発を招き、核兵器禁止条約が実現した。保有国はそんな世界の流れを認識し、反省すべきである。

 とはいえ核軍縮に消極的な保有国の姿勢は根深そうだ。ならば禁止条約を発効させ、核兵器そのものを国際法違法とする方が効果的ではないか。日本が被爆国を名乗るなら、早期発効を目指す国際社会の先頭に立つのが本来果たすべき役割である。

(2019年8月3日朝刊掲載)

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