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社説・コラム

社説 ヒロシマ74年 核廃絶へ発信強めよう

 本館の展示が春に一新された原爆資料館には連日、国内外から多くの見学者が訪れている。遺品の一つ一つをじっくり見てもらうことで感性に訴えかける狙いがうまくいっているようだ。真夏の日差しの中、資料館や周辺を歩きながら、原爆がいかに非人道的か、被爆地の訴えを改めてしっかり心に刻みたい。

理念を忘れるな

 資料館のある平和記念公園や原爆ドームなど平和の発信拠点づくりを支えた法律がある。きょう6日で施行から70年を迎えた広島平和記念都市建設法である。

 この法律により都市基盤の整備が大きく進んだ。平和関連施設の整備費の3分の2を国から特別に補助してもらい、34ヘクタールを超す国有地が無償譲与された。

 わずか7条の短い法律だが、復興を後押しした恩恵は忘れがたい。同時に、この法律が掲げた崇高とも言える理念を忘れるわけにはいくまい。広島市を「恒久の平和を誠実に実現しようとする理想の象徴」と位置付け、市長は「不断の活動をしなければならない」と定めている。

 新たな使命は私たち広島市民にも課せられている。衆院議長だった幣原喜重郎のメッセージが施行日の本紙に載っている。「市民各位も平和都市建設に全国民否全世界の期待のあることを自覚の上、世界平和と人類文化に寄与せられるよう達成にまい進されんことを切望する」

 幣原は首相として平和憲法の制定に深く関わった。広島や長崎に落とされた原爆について考え抜いた答えが戦争放棄だったに違いない。「原爆ができた以上、世界の事情は根本的に変わった。次の戦争では交戦国の大小都市がことごとく灰(かい)燼(じん)に帰すだろう」とも述べている。

 核戦争の勃発は70年前の杞憂(きゆう)だったと笑えるだろうか。取り越し苦労だと言えないのが現実である。とすれば、被爆地の役割は変わってはいないはずだ。

 米国やロシア、中国をはじめ核保有国の軍拡の動きは目に余る。米ロは史上初めて特定分野の核兵器全廃を定めた中距離核戦力(INF)廃棄条約を失効させた。新戦略兵器削減条約(新START)が残るものの、2021年2月に期限を迎える。万一延長されなければ、両国間の核軍縮条約は全て消滅する。核軍拡への歯止めがなくなってしまうのだ。

法的禁止現実に

 米ロは小型核兵器も開発しているとされる。米国は実戦使用を想定した作戦の新指針までまとめている。言語道断である。核兵器をなくして平和な世界を願う国際社会の動きに逆行している。

 核兵器については、威嚇や使用はもちろん、保有も国際法違反とする核兵器禁止条約が2年前に採択された。おととしノーベル平和賞を受賞した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))」をはじめ市民社会と、非保有国の努力の成果と言えよう。広島、長崎の被爆者の貢献も大きい。

 その願いを結実させた条約は、発効に必要な批准国数の50の半分近くにまで迫っている。時間はかかるかもしれない。それでも、これまではタブー視されていた核兵器の使用を法的に禁止することが現実となりつつある。

世界に訴え届く

 核兵器と人類は共存できないと訴えてきた被爆地の声が世界に届いているのは間違いあるまい。耳をふさいでいるのは「力による平和」を信奉する保有国と、日本をはじめ追随する国々の一部の政治家たちだけではないか。核兵器の保有・使用に固執し、国際社会の流れとの溝は深まっている。

 核廃絶へのうねりを一層強めるため、被爆地の声をさらに広める必要がある。

 来年春、5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開かれる。NPT第6条が核保有国に義務付けている「核軍縮への誠実な交渉」に正面から取り組むつもりがあるのか。人類全体を考える視点になぜ立てないのか。米ロ中に英国とフランスを加えた5カ国に厳しく問わねばならない。

 5カ国はいずれも国連安全保障理事会の常任国である。拒否権が認められている座にあぐらをかいて、禁止条約にも、自主的な核軍縮にも背を向け続けることは許されない。

 保有国の横暴に待ったをかけるのは、国際社会の責務だろう。今年秋に被爆地を訪れるローマ法王が、どんなメッセージを発するかに期待したい。1981年にローマ法王として初めて広島の地を踏んだヨハネ・パウロ2世は「広島を考えることは核戦争を拒否することです」と訴えた。世界に与えたインパクトは大きく、その後の要人の広島訪問の呼び水になったとも評されている。

 今の法王フランシスコは2013年の就任以来、核廃絶を繰り返し訴えてきた。禁止条約が採択されるとバチカンはいち早く批准した。原爆投下後の長崎で撮影されたとされる写真「焼き場に立つ少年」をカードに印刷して配布し、市民に訴えている。地球規模の視点に立った宗教者として責任ある行動と言えよう。

 「核兵器は使用だけでなく製造も含めて、非倫理的だということを強く訴えたい」と被爆地訪問に意欲的だという。核兵器保有について倫理面からも「NO」という意義は大きい。「核の傘」の下にいる人々への問い掛けでもある。

 核兵器がある限り、人為的ミスなどで使用される危険はゼロにはできない。核兵器をなくすしか平和な世界は実現できない。そのことを被爆地から強く発信し続けなければならない。平和都市法が広島に課した理念に沿った道でもある。

(2019年8月6日朝刊掲載)

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