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被爆者団体 思い複雑 広島平和宣言 評価と物足りなさも

 被爆者の思いを受け止めてほしい―。広島市の松井一実市長は6日の平和宣言で、日本政府に対して核兵器禁止条約の署名・批准を「被爆者の思い」として求めた。被爆者団体などから一定に評価する声が上がった一方、被爆地広島の市長としてさらに踏み込んで求めるべきだとの意見も相次いだ。(水川恭輔、久保友美恵、山下美波)

 「昨年より力強い。被爆者が言うから頼む、という感じが拭い切れないが、期待に対して富士山でいえば9合目まで来ている」。広島県被団協(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之理事長代行(77)は、おおむね評価した。

 一昨年と昨年の平和宣言に、政府に対し条約の署名・批准を直接的に求める言葉はなかった。二つの県被団協を含む県内の6被爆者団体は7月、今回は明確に求めるよう松井市長宛ての要望書を提出していた。

 もう一つの県被団協の佐久間邦彦理事長(74)も昨年に比べて評価する一方、物足りない表情も見せた。「市長自身が市民と一緒に政府へ意思表明してほしい。市民と一緒に政府へ訴える積極性がまだない」

 長崎市の田上富久市長は昨年の平和宣言で、自らの言葉で政府に条約への賛同を求めた。今年も署名・批准を求める。

 市民団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」(HANWA)の森滝春子共同代表(80)は「市民を代表する市長として求める言葉がないと訴えは弱い」と強調する。禁止条約がつくられる論拠となった原爆被害の非人道性や核抑止力依存の危険性を条約に結び付けて訴え、署名・批准をさらに強く迫るよう求めた。

 核兵器廃絶について考える催しを開いている中区のカフェ店主の安彦恵里香さん(40)も「長崎に比べて弱い」と強調。平和宣言起草の意見を聴く懇談会について「若者も加えるなど幅広い意見の反映を」と提案した。

 平和宣言後の安倍晋三首相のあいさつは禁止条約に言及すらしなかった。非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))の川崎哲(あきら)国際運営委員(50)は「宣言は今回、禁止条約について政府はどう考えるのか、何をするのかと問う形になった」と評価。条約に対する全国的な関心の高まりにつながるよう望んだ。

【解説】にじむ政府への配慮

 広島市の松井一実市長の平和宣言は、日本政府に対し「被爆者の思い」として核兵器禁止条約の署名・批准を求めた。従来より踏み込んだが、市長として明確に、直接的な表現で求める文言はなかった。被爆者、市民の期待に十分に応えたとは言い難い。

 今夏の中国新聞アンケートでは、全国の被爆者団体の約9割が宣言で禁止条約の署名・批准を政府に求めるよう望んだ。核兵器保有国や日本政府などは条約に背を向け続ける。だからこそ、核兵器の非人道性の「証人」である被爆地の市民の代表として市長に強いメッセージの発信を望む声は大きい。

 それでも松井市長は明確なスタンスは示さなかった。政府との対立より協調を重視する従来の姿勢がにじむ。安倍晋三首相がこの日のあいさつでも言及した核兵器保有国と非保有国との「橋渡し」役という日本政府の立場に配慮するあまり、宣言の力がそがれていないか。

 世界で核軍縮の動きが逆行する中、橋渡し役の役割は日本に期待されているだろう。さらに言えば、保有国をはじめとする多くの国に禁止条約への賛同を促す役割もあるはずだ。しかし、米国の「核の傘」に依存する日本政府はむしろ保有国に同調し、条約への不賛同をあらわにしている。

 被爆者の率直な訴えを受け止め、何に対してもおもねることなく核兵器廃絶を訴える。被爆地の市長、「戦争被爆国」の首相はともに課せられた責任を果たさねばならない。(水川恭輔)

(2019年8月7日朝刊掲載)

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