×

社説・コラム

法王 広島訪問の意義 前田枢機卿に聞く 核廃絶訴え 被爆地から

継承活動に刺激 期待

 ローマ・カトリック教会の総本山バチカンのトップ、法王(教皇)フランシスコ(82)が11月に被爆地広島と長崎を訪問し、核兵器廃絶を訴える。法王の来日はヨハネ・パウロ2世の1981年以来、38年ぶり。かつて広島教区司教を務め、現在は法王に次ぐ高位聖職者の一人、枢機卿となった前田万葉・大阪教区大司教(70)に法王の被爆地訪問の意義について聞いた。(久行大輝)

  ―法王の被爆地訪問を長年働き掛けてきました。なぜですか。
 核兵器核廃絶への機運を高めるため、被爆地からの言葉は世界中のどこよりも影響力が大きい。核廃絶の実現は不可能と言う人がいるが、諦めてはいけない。

 そして被爆地は、忘れてはならない歴史を伝え続ける力を教皇のメッセージからもらえるはずだ。ヨハネ・パウロ2世の訪問後、信徒たちは被爆体験を積極的に語るようになった。被爆者は高齢化しており、継承活動に大きな刺激となるだろう。

行動の契機に

  ―核廃絶を繰り返し訴えてきた法王が何を語るのか注目されています。
 38年前は東西冷戦下で、各国の核兵器開発や軍備増強が進んでいた。今回は北朝鮮の核開発やイラン核問題をはじめ、米国とロシアの核軍縮の取り組み、来年に再検討会議を控える核拡散防止条約(NPT)体制が不透明な状況だ。

 バチカンは2017年に核兵器禁止条約が国連で採択されると、いち早く批准した。核兵器は使うだけでなく製造自体が倫理に反するとの考えだ。教皇は非倫理性と、政治が果たすべき役割に言及するのではないか。核のない世界に向けて市民が行動を起こすきっかけになればと思う。

  ―平和について、法王はどのように考えているのでしょうか。
 環境、貧困問題などが複雑に絡み合って平和を脅かしている。核の脅威を払拭(ふっしょく)するだけでなく、全ての人があらゆる面で豊かになる必要がある。誰一人排除されない、開かれた社会でなければいけない。

 アルゼンチン出身の教皇は弱い立場の人の声に耳を傾け、貧しい人々の中に分け入って信仰を説いてきた。人権問題を抱える国や地域に積極的に訪問している。日本の高齢者の孤独死と若者の自殺の増加も気にされているようだ。

宗教超え交流

  ―法王は広島で、仏教など他宗教の宗教者と面会する場はありますか。
 教皇はイスラム教など宗教の違いを超えた交流に力を入れている。

 私も広島教区の司教だった14年、神道や仏教、キリスト教の各宗派でつくる広島県宗教連盟の理事長を務めた。広島は平和を希求する心が共通の素地にあり、宗教、宗派を超えた連携が盛んだ。広島と長崎の宗教者が一緒に教皇の被爆地訪問を要請してきた歴史もある。日程次第だが対話の場が設定できれば。

  ―枢機卿は長崎・五島列島の潜伏キリシタンを先祖に持つ被爆2世です。
 禁教令があった明治初期、曽祖父たち大勢の信者が迫害され、曽祖父の3人の妹が殉教した。命懸けで信仰を守り抜いた歴史を聞いてきた。母は19歳の時、長崎市で被爆した。足が腫れ、手の指が固まって苦しんでいた。

 広島教区に赴任した11年から毎年8月6日、広島で追悼の祈りをささげている。命の尊さや、ゆるしと和解の大切さを発信し、世界平和を実現するために。

前田万葉(まえだ・まんよう)
 49年、長崎県新上五島町生まれ。サン・スルピス大神学院(福岡市)卒。長崎県内各地の教会の主任司祭を経てカトリック中央協議会事務局長。11年から広島教区司教。14年から大阪教区大司教。昨年6月、日本人6人目の枢機卿に就任。枢機卿は法王顧問にあたり、世界に約230人いる。80歳未満は法王選挙(コンクラーベ)の投票権を持つ。

ローマ法王の広島訪問
 1981年2月、故ヨハネ・パウロ2世が法王として初めて日本を訪れ、被爆地の広島と長崎で犠牲者を悼んだ。広島では平和記念公園で平和アピールを世界に発信。「戦争は人間の仕業です」の言葉を残した。2013年就任のフランシスコは原爆投下後の長崎で撮影されたとされる写真「焼き場に立つ少年」をカードにして配っている。昨年12月、前田万葉枢機卿らとの面会で訪日意向を表明。11月23~26日に滞在し、24日に広島、長崎を訪れる方向で調整されている。

(2019年8月12日朝刊掲載)

年別アーカイブ