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児童の手紙 悲惨さ訴え 大阪大空襲遭遇 出雲弥生の森博物館で展示

 戦時中、大阪市から島根県出雲市へ疎開し、卒業式のために帰郷して大阪大空襲に遭った児童の手紙を並べたスポット展「いつまでも戦後でありたい2019 疎開で出雲に来た学童の手紙」が、同市大津町の出雲弥生の森博物館で開かれている。9月9日まで。

 大阪市の高台(たかきや)国民学校6年生6人の手紙を展示する。6人は1944年9月、空襲を避けるために同級生と共に集団疎開し、出雲市内の寺で生活した。

 翌45年2月末までに卒業式に出席するため帰郷。しかし、3月14日の式直前、13日深夜から14日未明にかけて大阪は大空襲に見舞われた。手紙は空襲後、出雲に残っていた同校教員の岩崎希子(まれこ)さん(故人)宛てに書かれ、空襲の惨状がつづられている。

 児童の一人は「住吉橋の壕(ほり)の中で首のない二人が死んでゐます」とし、「近頃は一日の命です。もし十日より二週間便りが来なかったら死んだ者と思ってください」と記す。別の児童は空襲で「お母さんと小…ん(二十才)とは行方不明で、お父さんは焼死んで…黒こげになってゐました(…部分は手紙が破れており不明)」と書いた。

 出雲市文化財課の三原一将係長は「行間から子どもたちの悲痛な叫びが聞こえてくる。手紙を通して戦争の悲惨さを見つめ直してほしい」と話している。

 午前9時~午後5時。火曜休館。入館無料。同館☎0853(25)1841。(山本秀人)

(2019年8月21日朝刊掲載)

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