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核廃絶の道筋 模索 「原爆・平和」出版 この1年

 被爆74年を迎えたこの1年も多くの「原爆・平和」に関する本が出版された。米ロの核軍縮条約が失効し、米国に追随する日本は核兵器禁止条約に背を向ける。非核化への動きが停滞する中、核廃絶へ向けた道筋を模索する書籍が目立つ。絵本や紙芝居、小説などさまざまな表現で平和を訴える試みが続く=敬称略。(増田咲子)

核問題を考える 国際情勢から本格論考

 核問題を問う書籍は国際情勢を見つめながらの本格的な論考が目を引いた。山口響監修「核兵器禁止条約の時代」(法律文化社)はオバマ政権時の大統領特別補佐官へのインタビューや、「トランプ政権の核戦略」などの論文をまとめた。

 広島市立大広島平和研究所編「アジアの平和と核」(共同通信社)はアジアの核兵器保有国の核開発の経緯などを分析。大久保賢一「『核の時代』と憲法9条」(日本評論社)は核兵器禁止条約の課題や、ヒロシマ・ナガサキと憲法9条の関係について考察する。鈴木達治郎、光岡華子「こんなに恐ろしい核兵器」(ゆまに書房)は、核兵器廃絶への取り組みなどを分かりやすく解説した。

 ダニエル・エルズバーグ著、梓澤登ほか訳「国家機密と良心」(岩波書店)はインタビュー記録。かつて米政府内で進められていた対ソ連の核戦争計画に言及している。有馬哲夫「原爆 私たちは何も知らなかった」(新潮社)は公文書を基に原爆は誰がなぜ作ったのかを追究した。フレッド・ピアス著、多賀谷正子ほか訳「世界の核被災地で起きたこと」(原書房)は広島や長崎、チェルノブイリなどを取材した。

子ども・若者へ 奪われた生活 着目

 被爆前の人々の「暮らし」に着目し、原爆のむごさを伝える作品が注目を集めた。指田和の写真絵本「ヒロシマ 消えたかぞく」(ポプラ社)は原爆で全滅した一家の写真で構成。被爆前の笑顔あふれる日常の写真が、原爆で奪われた日々の大きさを感じさせる。アーサー・ビナードが丸木位里・俊の「原爆の図」を題材に手掛けた紙芝居「ちっちゃい こえ」(童心社)は原爆が生きとし生けるものに何をもたらしたのかを静かに伝える。

 さまざまな切り口で絵本が発行された。被爆樹木を題材にしたのは藤原美香、村本美香、瀧川裕恵「きっと きこえるよ」。古田博一、藤原飛鳥「オマール王子の旅」(あいり出版)と、あおきけいこ、あおきゆみえ「ユソフさん」は広島で被爆した東南アジアからの「南方特別留学生」をテーマにした。森本マリア、彩瀬ひよ子「春ちゃん」(吉備人出版)は原爆で死にゆく少女の話を描いた。

 原爆詩「慟哭(どうこく)」で知られる大平数子の童話集「おおきなまちのちいさいはなし」は長男泰の編著で、未発表の童話を収録。弓狩匡純「平和のバトン」(くもん出版)は基町高生が被爆者の体験を聞き取って描く「原爆の絵」の活動を追う。

記憶を継ぐ 被爆者の証言や人生

 サーロー節子、金崎由美「光に向かって這(は)っていけ」(岩波書店)はノーベル平和賞授賞式で演説したサーローの被爆体験や反核運動の歩みをつづる。スーザン・サザード著、宇治川康江訳「ナガサキ 核戦争後の人生」(みすず書房)は長崎の被爆者たちの人生を描く。

 愛葉由依「祖父とあゆむヒロシマ」(風媒社)は被爆した祖父と広島を旅しながら記憶をたどった。「被爆者の人生を支えたもの」(溪水社)は広島の臨床心理士が被爆者の心の動きにアプローチした。

 広島医療生活協同組合は聞き書きによる被爆体験記「ピカに灼かれてPartⅡ」第13集、新日本婦人の会広島県本部は体験記集「木の葉のように焼かれて」第53集を発行。ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会は旧中島地区の元住民への聞き取りを収めた冊子「証言 そこに子どもたちの遊んだ町があった」を刊行した。

 広島原爆被爆者援護事業団の「紙碑」は爆心地から1キロ以内で被爆した人の体験記をまとめた。東友会は被爆者の体験や人生を伝える「生命もてここに証す 東友会60年のあゆみ」を刊行した。

平和を紡ぐ ヒロシマを多角的に

 弓狩匡純「平和の栖(すみか)」(集英社)は広島平和記念都市建設法成立までの4年間を丹念に追った。米国で暮らす被爆者の戦後をつづったのは松前陽子「在米被爆者」(潮出版社)。土屋時子、八木良広編「ヒロシマの『河』」(藤原書店)は創作劇「河」で知られる劇作家土屋清の遺稿や、妻時子による小伝を収録した。

 原爆被害者相談員の会「ヒロシマのソーシャルワーク」(かもがわ出版)は被爆者に寄り添う活動を振り返った。広岩近広「医師が診た核の傷」(藤原書店)は医療現場からの貴重な報告。田中利幸「検証『戦後民主主義』」(三一書房)は日米の戦争責任問題を分析した。

 関千枝子、中山士朗「ヒロシマ対話随想」(西田書店)は戦争体験の風化や核兵器禁止条約についての対話集。松田哲也「2045年、おりづるタワーにのぼる君たちへ」(ザメディアジョン)は同タワー完成までの経緯を紹介。森川聖詩「核なき未来へ」(現代書館)は被爆2世としての苦悩や反核への思いを記す。

 東琢磨ら編「忘却の記憶 広島」(月曜社)や、加納実紀代の論考集「『銃後史』をあるく」(インパクト出版会)はヒロシマを多角的に問う。長崎の被爆者の姿を収めた大石芳野「長崎の痕(きずあと)」(藤原書店)と、江成常夫「被爆 ヒロシマ・ナガサキ いのちの証(あかし)」(小学館)はいずれも写真集。

創作の世界 ミステリーや漫画も

 長崎尚志「風はずっと吹いている」(小学館)は原爆を題材にしたミステリー小説。西江孝之「日本が裂かれる時、ボクたちの胸が裂かれる」(文芸社)は東京大空襲に遭った少年が広島や長崎を訪れる物語だ。アンジェラ・デーヴィス=ガードナー著、岡田郁子訳「八月の梅」(彩流社)は大学教授の遺品に残された手記にまつわるストーリー。

 16歳の時に被爆した田中祐子の「生きる」(幻冬舎)と、森ひなこ「夏歌ふ者」(現代短歌社)は、それぞれの感性で歌を紡いだ。三門ジャクソン「スカイフォール―消し尽くせぬ夏の光 1」(小学館)は高校生が原爆投下直前の広島にタイムスリップする漫画。

 堀和恵「『この世界の片隅』を生きる」(郁朋社)は漫画家こうの史代の人物評伝や、作家山代巴らの生涯をつづる。黒古一夫「近現代作家論集 第2巻 大江健三郎論 林京子論」(アーツアンドクラフツ)は「ヒロシマ・ノート」で知られる大江と、長崎での被爆体験を基に書き続けた林の作家論だ。

(2019年8月27日朝刊掲載)

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