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遺品 無言の証人

[無言の証人] 折れた印鑑 眼鏡や遺骨とともに

印鑑の名前で、吉岡さんが堺町の病院で被爆死したと分かった=2015年、有井正子さん寄贈(撮影・高橋洋史)

 二つに折れた水晶の印鑑。片方には「吉岡」と刻まれた文字がはっきり見て取れる。爆心地から約600メートルの堺町(現広島市中区)で、がれきの中から見つかった。

 持ち主は、1945年当時31歳だった吉岡正二さん。尾長町(現東区)に一部疎開していた広島県警察部の国民動員課に勤めていた。しかし仕事の都合により8月6日は、可部(現安佐北区)の自宅を出ると職場ではなく市中心部に向かった。

 横川駅(現西区)で列車を降りた後、消息不明に。1週間後、産後間もない妻の美佐子さんに代わり、義理の兄たちが大八車をひいて捜し回った。手掛かりを求め、かかりつけだった堺町の「伊藤内科胃腸病科医院」へ向かったが、建物は跡形もない。待合室だったと思われる場所を掘ると、印鑑と割れた眼鏡レンズ、焼け焦げた時計、遺骨が出てきたという。

 「よう見つかった。父は私たちの元に帰って来たかったのでしょう」と、当時は生後1カ月だった長女の有井正子さん(74)=安佐北区。遺品は、写真でしか知らない父の最期を静かに伝えている。(新山京子)

(2019年9月10日朝刊掲載)

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