×

連載・特集

教皇の足跡 <下> 「核軍縮の枠組み 崩壊の危機」 指導者の姿勢ただす

 「不信が拡大し、武器を制限する国際的枠組みが崩壊する危険がある」。24日に被爆地を訪れたローマ教皇(法王)フランシスコは長崎で、新たな軍拡競争への危機感を表明した。そして広島では「核戦争の脅威で威嚇することに頼りながら、どうして平和を提案できるか」と、核抑止論をきっぱりと否定する。暗に米国など核兵器保有国と、日本を含む「核の傘」に頼る国の指導者をただした。

 歴代教皇は核兵器に反対の立場を示し、国際情勢の悪化はその使用を招くと警告してきた。ヨハネ23世は冷戦下の1963年、前年に米国と旧ソ連が核戦争直前までいったキューバ危機を踏まえ、核兵器禁止を訴えた。81年に広島を訪れたヨハネ・パウロ2世は「広島を考えることは核戦争を拒否すること」と述べた。

 「今回のメッセージは、より強く現実の国際政治に踏み込んで警鐘を鳴らした」。名古屋市立大の松本佐保教授(国際政治史)は指摘する。キューバ危機後のヨハネ23世の回勅(公開書簡)を引いた点も「現状を放置すれば、再び危機を招きかねないとの認識の表れだ」とみる。

 教皇の言う「国際的枠組み」は、来春に控えた5年に1度の核拡散防止条約(NPT)再検討会議を念頭に置いたとみられる。核保有国も加わり70年に発効し、対話の基盤となってきたNPT体制。現在、その枠組みを保てるかどうかの分岐点にある。

 前回2015年の会議は中東に「非大量破壊兵器地帯」を設ける構想を巡って決裂。17年に核兵器禁止条約が国連で採択された。だが条約を支持する非保有国と、保有国やその同盟国の対立は解消されず、20年の再検討会議の行方は見通しが立たない。

 言葉一つで好転を望めない現状はあるものの、教皇が元首を務めるバチカンは国際的に独自のパイプと影響力を持つ。米国とキューバの国交回復を仲介し、79年のイランの米大使館人質事件でも解決に動いた。松本教授は「再検討会議で対立する国同士の仲介に動く可能性もあり、キープレーヤーになる」とみる。

 核廃絶への行動を求めて訪日した教皇に対し、日本政府は変わらぬ姿勢を見せた。25日に会談した安倍晋三首相は「唯一の被爆国」として「核兵器のない世界の実現へ、国際社会の取り組みを主導する使命を持つ」と言い、核兵器保有国と非保有国の「橋渡し」をするとした。だがしかし、具体策には触れなかった。

 広島県被団協(坪井直理事長)の箕牧(みまき)智之理事長代行(77)は「政府のいつものせりふだ」とため息をつく。渡米して臨む再検討会議に向け、原爆のむごさをどうすれば伝えられるか言葉を探し続けている。「被爆者は記憶を世界に伝える役割を果たす。しかし、国家同士でしかできないことがある」。教皇の問う倫理に応えるだけの結果を、政府は見せるべきだと迫る。(明知隼二)

(2019年11月27日朝刊掲載)

教皇の足跡 <上> 「戦争に使用は犯罪」 被爆者の思い 代弁

年別アーカイブ