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社説・コラム

天風録 『ガリバー中村哲さん』

 ガリバーは巨人の国や小人の国を旅した後、馬の国にたどり着く。そこには自分勝手で意地悪な生き物ヤフーがいた。やがて帰国したガリバーにはなぜか人間の振る舞いがヤフーと重なって映る▲そのくだりを帰国のたび思い返し、日本はヤフーの国になっていないかと問い掛けたのが医師の中村哲(てつ)さんだった。30年以上もの間、復興に尽くしてきたアフガニスタンで凶弾に倒れた▲大干ばつに苦しむ住民を目の当たりにし、治療より急ぐ使命を見つけた。「砂漠を緑に変える」。先頭に立って井戸を掘り、用水路を造って農地を広げた。理想を語るだけでなく、衣食住を共にし、汗を流したからこそ受け入れられたのだろう▲自衛隊の海外派遣に熱を上げる政治家に憤り、参考人として呼ばれた国会でも現場を知らずに語るなと一喝した。自身は政情不安の続く中でも命懸けの支援に徹した。憲法9条を持つ日本人がなすべき役割を率先する。そんな気概だったに違いない▲地元福岡の西日本新聞に今週、中村さんの現地報告が載っていた。大柄なアフガンの面々と並び、穏やかな笑顔が見える。「巨(おお)きな人」の次の一歩が途切れた。悔しくて、悔しくて、たまらない。

(2019年12月6日朝刊掲載)

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