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社説・コラム

天風録 『被爆建物に冷淡な国』

 「(原爆により)一瞬のうちに全てが破壊と死というブラックホールにのみ込まれたのです」。ローマ教皇フランシスコの広島演説が記憶に新しい。被爆地にとっては、ことし最大級のニュースとなった▲その死の淵で、かろうじて踏みとどまった大勢の被爆者からすれば、かつて原爆ドームは忌まわしい記憶の象徴だった。それが今や、体験を後世に伝え、核兵器のない世界を求めていく「同志」的な存在となっている▲そう考えると、同志は多い方がいいに決まっている。旧陸軍被服支廠(ししょう)の計3棟を保有する広島県も分かっているはずだ。ところが耐震化と保存には巨額の費用が必要だとし、うち2棟の解体方針を打ち出した。これに全3棟の保存を求める広島市が異を唱え、こちらも重大ニュースに▲ふに落ちないのは、支廠のもう1棟を保有する国の姿勢だ。県と市の協議に加わった議事録をいくら読み返してみても、積極保存の意欲は全く伝わってこない。いったい「唯一の戦争被爆国」の使命をどう考えるのか▲ドームを背に、教皇はこうも語っている。「(歴史を)記憶し、共に歩み、守ること。この三つは倫理的命令です」。倫理の言葉が強く心を揺さぶる。

(2019年12月21日朝刊掲載)

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