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連載・特集

広島の国際シンポ 詳報 核・反人道罪 法で断つ

 国際シンポジウム「核兵器と反人道罪のない世界へ」が15日、広島市中区の広島国際会議場であった。海外の紛争地で続く深刻な人権侵害と、核兵器の保有・使用を巡る問題について、法律専門家や実務家たちが意見を交わし、約280人が聞いた。広島市立大、中国新聞社、長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)の主催。

パネル討議

 パネルディスカッションでは、長崎大核兵器廃絶研究センター長の吉田文彦氏と、中国新聞社論説主幹の宮崎智三氏が討論者として、パネリスト5人にそれぞれ質問した。司会は広島市立大広島平和研究所の佐藤哲夫教授。

  ―国際刑事裁判所(ICC)が国家でなく個人を裁くことで人道主義の視点から何が変わり、どんな効果が期待されますか。
 尾崎 ICCが扱う犯罪は、殺人や性犯罪、拷問などが広範囲または組織的に行われ、集団対集団の紛争で起こっていることが多い。

 身近な人が殺されたら仕返しをする暴力の連鎖だ。指導した人や扇動した人を特定して責任を明らかにすることで、集団対集団の構図を変えられる。実際に殺人などをした人が悪くないとは言わないが、さらに責任が重い人はいる。

  ―国連の常任理事国が核兵器を保有しているため、核問題において安全保障理事会に期待できません。そのような制約の中で、国連人権理事会の役割や権限の強化はできませんか。
 望月 人権理事会は、国連改革の一環でできた。全ての国を調査できる。他方で、主権国家は自国の人権状況を非難されるのをとても嫌う。権限を強化するより、実質的に各機能を高めていくことが重要になる。

 安保理の機能が十分でない場合、国連総会の役割に期待するという議論もあるが、事実上難しい。各国のさまざまな思惑があるから。総会の役割は国際社会の世論を確認できる場ということだ。

  ―核保有国は「核の傘」や核抑止論の有効性を主張しているが、被爆地はどう反応すべきでしょう。
 平岡 「核の傘」は神話。平和は守れない。そもそも日本にとってどこの核が脅威なのか。北朝鮮という人が多いだろう。しかし敵対しているのは米国と北朝鮮。日本が狙われるとすると、米国と組んでいると思われているから。

 核の寿命は人類の寿命より長い。核は人体に影響し、地球環境も破壊する。核の被害を伝えていく人が少なくなっているが、記憶を継承し、これをなくさないと本当の平和は来ないと伝え続けるしかない。

  ―核兵器禁止条約が発効しても非加盟国には効果がないと言われましたが、法的な効果と現実的な効果を詳しく教えてください。
 真山 法的には核兵器保有国へのプレッシャーにはならない。倫理的にはなるかもしれない。また、ICJが言及した「核軍縮義務」については、核兵器を減らせというのは、今は持っていてもいいとの反対の表現でもある。

 日本はICCに加わり、戦時復仇(せんじふっきゅう)を放棄する規定がある1977年の「ジュネーブ諸条約第1追加議定書」にも入っているのに、米国の「核の傘」に依存するのは矛盾しているのではないかとの指摘は鋭く、その通りだ。そういう議論は公然と国会などでなされていない。そこを取り上げれば、法的な議論が前に進むだろう。

  ―日本の国際的なプレゼンスが低下し、世界の問題は遠い所の話という気がしてしまいます。日本の若者へメッセージを。
 瀬谷 若い人にとって、世界で起きていることは人ごとになっている。一方で世界の紛争の形は変わり、テロ組織は最新の技術を使い、ソーシャルネットワークでメンバーを勧誘したりしている。外国人労働者は日本に多様な文化を持ち込み、さまざまな場所で異文化交流が起きている。

 そのような状況で問題が発生した際、円滑に解決したり予防したりするようなコミュニケーションの取り方を理解せず、世界に無関心でいると平和的に問題を解決できない。できるだけ自分たちの中で、プラスの関係を築いていくような選択肢を持つように、世界に目を向けてほしい。

基調講演

国際刑事裁判所(ICC)前判事 尾崎久仁子氏

被害者の痛み 関心を

 国際刑事裁判所(ICC)は国際法に基づき、特定の罪を犯した「個人」を裁く。その点が国家間の争いを対象にする国際司法裁判所(ICJ)と違う。日本の地裁をイメージしてほしい。

 対象となるのはジェノサイド(民族大量虐殺)、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪の四つ。特に、紛争下の弱者である児童や女性に対する性犯罪などに焦点を当てている。

 設立された背景には二つの歴史的要因がある。第一に戦勝国、敗戦国の区別なく一般市民が甚大な被害を受けた第2次世界大戦だ。戦後処理の一環でニュルンベルク裁判や東京裁判で責任者の刑事訴追が歴史上初めて本格的に行われた。

 第二は冷戦終結だ。国際社会が団結して重大な人権侵害に対応することが可能になった一方で、人道危機を伴う地域紛争や国内紛争が頻発。集団と集団の報復を断ち、和解を促して、法の支配を確立することが紛争予防に有効だという認識も強まった。

 紛争は、法の支配や基本的人権の尊重が欠如するから生じる。司法制度が崩壊し、公正な裁判ができない場合も多い。こういう時にICCは裁判ができる。現在検察局は、ケニアの大統領による人権侵害など、11の事態を捜査しており、これまでに34件の逮捕状を出した。

 課題もある。まず軍事大国の米国、ロシア、中国が参加していない。深刻な人権侵害を抱えるアジアや中東の有力国も参加しておらず、権限が及ばない。扱う事件がアフリカに集中し「植民地主義的だ」と批判されることもある。

 2007年にICCに加わった日本は最大の分担金拠出国であり、継続的に判事を出している。しかし日本人職員は少ない。

 ICCは国際社会で犯罪が適正に処罰され、再発を防ぐことを目指している。その第一歩は、国や政府だけでなく、一人一人が地球の反対側の深刻な人権侵害や被害者の痛みに関心を持つこと。人道犯罪は社会の在り方全体に関わる。それぞれの立場でできることを着実にやることが大事だ。

おざき・くにこ
 東京大教養学部卒。1979年外務省入省。条約局、国連代表部で国際法分野を担当。法務省難民認定室長などを経て、2010年国際刑事裁判所(ICC)判事。15~18年に副所長。府中市出身。

特別講演

元広島市長 平岡敬氏

法原則 今こそ再確認

 ローマ教皇フランシスコは11月、広島で核兵器の使用も保有も倫理に反すると断言した。1942年に米国が原爆を製造するマンハッタン計画を極秘で始めた翌年、当時の教皇も核分裂の連鎖反応を爆発として起こしてはならないと警告。米国の科学者も警告を発信した。

 広島と長崎が原爆攻撃を受けた日本政府は被害の甚大さに驚き、45年8月10日「即時かかる非人道兵器の使用を放棄すべきことを厳重に要求す」と米国に抗議した。しかし、米国はこれまで原爆使用の正当性を主張し続けている。

 世界で初めて核兵器の違法性を問う裁判を起こしたのは岡本尚一弁護士だ。55年に東京地裁で核兵器の非人道性と残虐性を告発した。原告の一人の名前から「下田ケース」と呼ばれる。私は当時、新聞記者として取材した。被爆者の賠償請求権は認められなかったが、裁判長は判決文で原爆攻撃が国際法に違反するという判断を示し、「まさに残虐な兵器」と述べた。法的評価の必要性を再認識する契機となった。

 94年、国連総会で「核兵器の使用・威嚇は国際法の下で許されるか」について、国際司法裁判所(ICJ)の勧告的意見を求める決議案が可決された。翌年、広島市長としてICJの法廷で被爆の惨状を述べ「国際法で使用を禁じられているどの兵器よりも、残酷で非人道的」と訴えた。

 勧告的意見は核兵器使用の歯止めになったが、核拡散防止条約(NPT)第6条に規定された核保有国の「誠実な核軍縮交渉」は全く進展していない。2年前に核兵器禁止条約が国連で採択されたが、保有国と非保有国の溝は深く、世界の核状況は悪化している。

 日本政府はこの10月、国連に提出した核廃絶決議案で「核使用による破滅的な人道上の結末に対する深い懸念」という文言を削除した。核兵器の非人道性に対する懸念こそ、核兵器廃絶の理念の支柱であり、政府の姿勢は遺憾。今こそ広島、長崎の惨禍を想起し、国際人道法と国際人権法の原則を再確認すべきだ。

ひらおか・たかし

 早稲田大文学部卒。1952年中国新聞社入社。編集局長、中国放送社長を経て91年から2期8年、広島市長。著書に「希望のヒロシマ」(96年、岩波書店)など。大阪市生まれ。

報告

大阪大大学院国際公共政策研究科教授(国際法) 真山全氏

核使用の個人責任は

 20世紀以降の国際社会は、国が戦争に訴えることを国際法により制限しようとしてきた。その到達点が国連憲章だが、国にとって現在も「自力救済」が最後のとりでであるのが現実だ。では、核兵器の使用や保有はどう考えるべきか。

 保有の禁止を含む条約は核拡散防止条約(NPT)と核兵器禁止条約だが、それらに縛られるのは締約国だけだ。一方、国際人道法の上では「戦時復仇(せんじふっきゅう)」、すなわち報復を認めており「使わず持っておく」こと自体が違法とはいえない。核抑止論の根拠でもある。

 ただ、文民を巻き添えにして生じた被害が「無差別」だと国際人道法に反する。この意味で、広島と長崎への核攻撃の違法性は証明できる。とはいえ、核攻撃一般が全て無差別的な効果を伴うかは、見解が分かれている。

 核兵器使用を「個人責任」として考えることができるか。武器の種類を問わず、無差別的効果や過度の傷害を与えたら、戦争犯罪に問うことはできる。人道に対する犯罪との関連はあまり議論されてこなかったが、やはり武器の種類を問わず成立し得るだろう。

関西学院大法学部教授(国際法) 望月康恵氏

国連取り組み 課題も

 反人道罪に定まった定義はないが、人権に関するさまざまな国連文書を通して、国際社会が徐々に確認してきた。国連が反人道罪にどう対応してきたかを見てみよう。

 国連憲章に基づく措置として「保護する責任」という概念がある。国家は人々を大量殺戮(さつりく)、戦争犯罪、民族浄化および人道に対する罪から保護する責任を負う。だが国家当局が国民保護に明らかに失敗している場合は、国連安全保障理事会に動く用意がある。

 国連は平和構築活動も行ってきた。独立前の東ティモールでは、反人道罪を処罰する枠組みも作られた。国連人権理事会では、ミャンマーにおける人権侵害状況を調査し、犯罪者の特定や、犯罪行為に関する情報の収集、保存をしている。国際刑事裁判所(ICC)ではこの証拠を用いて訴追する準備がされている。

 課題はある。国連の活動には国家の協力が不可欠だし、安保理による措置も一致した取り組みでなければ機能しない。国連とICCとの関係強化も求められる。長期的には、反人道罪を生む国家構造を変えるという予防的な改革も必要だろう。現地住民の参加と国際社会の支援が欠かせない。

NPO法人日本紛争予防センター理事長 瀬谷ルミ子氏

紛争の芽 現場で摘む

 紛争を防ぐとともに、紛争を再発させないための活動を中東やアフリカで続けている。12年前までは外交官などの立場で武装解除を担当していた。現地の活動で気を付けるのは、発する言葉。国により「平和」の意味は違う。「平和を目指そう」という言葉は紛争被害者にとって「加害者を許せ」という圧力になり得る。核兵器廃絶を働き掛ける際も、同じことが言えるのではないか。

 ソマリア、南スーダン、シリアなど、日本から遠い紛争地が反人道罪にあふれている。「10万~15万人が犠牲」と幅のある言い方に疑問を感じず、私たちはニュースを見ている。視点を変え、関心を高めてほしい。

 若者が劣悪な環境で教育も受けられないと、反人道罪の温床になり得る。自国にも国際社会にも失望すればテロ組織に共感しかねない。現場での支援は「私たちはあなたを見ている。共に乗り越えよう」という思いを届けている。

 女性を問題解決を担う人材として育てることにも取り組んでいる。警察が機能しない土地では、民族間の小競り合いが暴動、紛争に発展しかねない。早期に解決するための活動を担う住民も育成している。

ジュニアライター 若者ができる活動提案

 中国新聞ジュニアライターの5人も登壇した。

 原爆被害を乗り越えたピアノやバイオリンの「被爆楽器」の取材や、被爆者から証言を聞いて記憶を継承していることなどについて実際の記事をスクリーンに映し出して活動を紹介。核兵器のない世界を目指して若者ができる取り組みとして「被爆者の証言を絵や紙芝居で伝える」「国内外の同世代と平和について考える機会を持つ」など四つを提案した。

国際刑事裁判所(ICC)と国際司法裁判所(ICJ)
 ICCは人道に対する罪や大量虐殺、戦争犯罪を犯した個人を裁く常設の国際刑事法廷。2002年発効の条約「ローマ規程」に基づきオランダ・ハーグに設置された。戦犯の責任逃れを認めず、戦争犯罪や大量虐殺の抑止を目指す。日本など122カ国が加盟する。

 ICJもハーグにある。国家間の国際紛争を法的に解決したり、国際機関の求めに応じて勧告的意見を述べたりする。核兵器を巡る1996年の勧告的意見は「使用や威嚇は国際法に一般的に違反する」とした一方、国家存続の危機にあり、自衛目的の場合は違法か合法かを判断できないとした。

(2019年12月23日朝刊掲載)

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