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社説・コラム

天風録 『「五輪の子」の嘆き』

 トーチを高々と青空に掲げる。真っ白なタンクトップと短パン姿がまばゆい―。前回の東京五輪開会式。今更だが主役を1人選ぶなら、聖火リレーの最終走者を務めた故坂井義則さんだろうか▲広島に原爆が落とされた日に三次市で生を受けた。陸上選手としての五輪出場はかなわなかった。だが平和の祭典の晴れ舞台で、敗戦国の復興ぶりを訴えるには、まさにはまり役。海外メディアは「アトミックボーイ(原爆の子)」と呼んだそうだ▲きのう始まった国会で安倍晋三首相は、その施政方針演説の冒頭で坂井さんの名を挙げ、「半世紀ぶりの感動を再び」。自分の代で誘致を決めた自負も働くのだろう。今夏への決意は、いつにも増して高揚した語り口に▲坂井さんの起用を当時の大会組織委員はこう説明した。「東京五輪の最大の基調は原爆のない世界平和の実現だ」。首相もそこまではご存じなかったのだろう。きのうの演説では、核兵器廃絶の言葉は聞かれずじまい▲原爆の子はその後テレビマンとなり、海外五輪の中継で現地に赴いたことも。「五輪は変質した。アマチュアや平和の祭典ではなく、金もうけの祭典じゃないか」。晩年の嘆きをかみしめたい。

(2020年1月21日朝刊掲載)

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