×

ニュース

[インサイド] 「静粛な8・6」妥協点は デモ音量規制 先送り公算大

広島市一転 話し合い優先

 広島市が検討する8月6日の平和記念式典でデモの拡声器の音量を規制する条例について、視野に入れていた被爆75年の今年の式典までの制定を見送る公算が大きくなった。被爆者団体などから「憲法で保障された表現の自由を侵害する」との慎重論が強まり、市は話し合いでの解決を優先する姿勢に転じた。参列者の多くが静粛な式典を願う中、市とデモ団体の双方に妥協点を見いだす努力が求められる。(永山啓一)

 「難しいと思われても仕方がない」。松井一実市長は昨年12月中旬の会見で、めどとする今年2月の市議会定例会への条例案の提出を見送る可能性に触れた。表現の自由にも関わる規制の度合いや条文の精査、市民への周知期間を考えれば、8月の式典までの施行は困難な情勢となった。

被爆者に慎重論

 市は昨年10月下旬、デモを主催する最大団体「8・6ヒロシマ大行動実行委員会」に対して改めて、式典時に拡声器の音量を下げるよう要請。事実上、条例に踏み切るかを決める最後の判断材料とする位置付けだった。これまで要請を拒否してきた同実行委は今回、市が会場周辺で測定した音量データの開示を条件に対応策を検討する考えを表明した。もともと「条例ありきではない。話し合いでの解決が最善」としてきた市は、「条例やむなし」の考えを一転させた。

 被爆者団体が表立って意見表明を始めたことも影響した。12月中旬には県被団協(坪井直理事長)が条例規制に対し「慎重でありたい」との見解を出す。時期を同じくして県原水禁も、話し合いでの解決を要請。被爆の記憶が薄れる中で政府の非核三原則がゆらぐ事態も想定し、金子哲夫代表委員は「式典中でも市民が自由に声を上げられる余地は残すべきだ」とした。

 「ここまでの反発は想定していなかった。被爆者団体の意見表明はやはり重い」と市幹部は漏らす。民主主義の根幹をなす言論・表現の自由。戦時中は治安維持法に基づき政府を批判する人が逮捕されてきた。県被団協は見解の中で、原爆の惨禍について「個人の考えが自由に言えなくなったことで日本が戦争への道を突き進んだ結果」と強調し、被爆地だからこその慎重な議論を求めた。

 広島市は「対象は音量に限り、表現の内容は規制しない。憲法違反に当たらない」と説明する。しかし、専門家たちの間では「憲法違反」との意見が強い。市立大広島平和研究所の河上暁弘准教授(憲法学)は、表現の自由を制限できるのは原則、他者の人権に被害を及ぼすなど極めて限定的なケースしか認められないとし、「音量規制だけで憲法に違反する可能性はある」と指摘する。

「違憲のリスク」

 市が条例を含めた規制を検討し始めたのは2018年9月。市議会一般質問で式典中の静粛の確保を求める声が出たのがきっかけだった。ここにきて松井市長と距離を置く市議だけでなく、支える側の市議の一部からも慎重な意見が出始めた。中堅市議の一人は言う。「条例を制定すれば合憲か違憲かを巡って裁判になる。違憲のリスクを負ってまで本当に必要なのか」

 デモの実行委も、式典参列者が許容できる音の大きさを議論することは合意している。河上准教授は「デモ団体は訴える方法が他にないか熟考をしてほしい。市も条例構想をいったん撤回した上で話し合うべきではないか」と提案する。

広島市の条例によるデモ音量規制の検討

 2018年9月の市議会一般質問を受けて検討を始めた。式典会場の平和記念公園(中区)周辺では例年、複数の団体が反核・平和や政権批判の集会や行進を実施。会場内に拡声器の音が響く。昨年8月6日、式典の参列者を対象にした市のアンケートでは、71%が「式典全体を通じて厳粛な環境が必要」と答えた。もう一つの被爆地・長崎市は8月9日に開く平和祈念式典で、デモの「影響は少ない」などとして条例規制は検討していない。6月23日に沖縄全戦没者追悼式を催す沖縄県も検討しない。

(2020年1月22日朝刊掲載)

年別アーカイブ