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被服支廠活用 市民が探る 建築士や学生 5月発表へ

 広島市内最大級の被爆建物「旧陸軍被服支廠(ししょう)」(南区)について、建築家たち市民有志のグループが活用アイデアを幅広く募る取り組みを始めた。存廃の議論が関心を集める中、巨大な倉庫群をどう生まれ変わらせるかのアイデアにつなげる狙い。参加者に柔軟に発想してもらい、5月に成果の発表会を開く。(樋口浩二)

 企画したのは市内の建築家やデザイナーたちでつくるグループ「TREES(ツリーズ)」。発起人で、広島工業大准教授の杉田宗さん(40)=建築情報学=が「貴重な被爆建物が注目を浴びている好機に、斬新なアイデアを発信して議論を盛り上げたい」と、参加を呼び掛けた。

 中区の設計事務所で21日夜にあった初会合には、建築士や学生、デザイナーたち若者を中心に約50人が集まった。被服支廠の見学会を重ねる市民グループ「アーキウォーク広島」(中区)代表の高田真さん(41)から、建築物としての希少さを学んだ。

 参加者は今後、被服支廠の使い方を考えて、3月20日の次の会合に臨む。利活用策などを30字以内にまとめ、コンセプトを表す画像を添える。さらに練り上げ、5月中旬に具体的な活用アイデアの披露に臨む。

 被服支廠は民間が倉庫の活用を終えた1995年以降、四半世紀にわたって使われておらず、県による博物館などの構想も実らなかった。近畿大大学院1年の吉本大樹さん(23)=府中町=は「世界から安定して人を呼び込めるプランを描きたい」と意気込んだ。

旧陸軍被服支廠
 旧陸軍の軍服や軍靴を製造していた施設。1913年の完成で、爆心地の南東2・7キロにある。13棟あった倉庫のうち4棟がL字形に残り、県が1~3号棟、国が4号棟を所有する。戦後、広島大の学生寮や県立広島工業高の校舎、日本通運の倉庫などとして利用されたが、95年以降は使われていない。

(2020年2月23日朝刊掲載)

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