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社説・コラム

天風録 『海の民を苦しめた「死の灰」』

 芸南の大崎上島で「マキハダ」を見たことがある。槙皮とも、槙肌とも書く。水漏れを防ぐため船板の隙間に打ち込む縄の一種。ヒノキの原皮から手仕事で仕上げる。かつての上島は一大産地だった▲東京・夢の島で展示される第五福竜丸にもマキハダは使われていた。それほど古い洋式木造船である証し。3年前、船内に入れてもらった。久保山愛吉さんの無線室があり、大石又七さんが潜った魚槽がある。あの日、死の灰を浴びなければ、どの人も穏やかな老後を送れたはず▲久保山さんの墓前祭が、静岡県焼津市で営まれた。きのうは第五福竜丸がビキニ環礁で被曝(ひばく)して66年の節目である▲南の海の核実験を巡っては、当時のハワイ準州政府も危機感を覚えていたという。日本の敗戦で豊かな漁場が「空白」になった。そこへ手を広げようとしたところ、自国の政府が死の灰で汚した。ハワイ側は独自に魚介類の調査をしたもようで、ハワイ漁業史の研究者小川真和子(まなこ)さんが近著で明らかにしている▲死の灰は第五福竜丸だけではなく、多くの海の民を苦しめた。日本の民も、太平洋諸島の民も。こぼれ落ちた事実を、いま一度拾い上げる節目だと身を引き締める。

(2020年3月2日朝刊掲載)

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