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社説・コラム

『潮流』 表現は「抑止力」

■論説委員 森田裕美

 6年前に亡くなってからこれまで、企画された展覧会や映像・出版物は優に20件を超えるという。没後に再評価される人物は数あれど、ここまで引く手あまたの画家は例を見ない気がする。

 峠三吉「原爆詩集」の表紙絵や絵本「おこりじぞう」で知られる四国五郎さんのことだ。戦争や原爆への強い怒りを被爆地から終生、絵や詩に託し続けた人である。現在の三原市大和町に生まれ、広島市で育つ。従軍とシベリア抑留を体験。復員した広島で知らされた最愛の弟の被爆死が、その後の人生を決定づける。

 芸術性よりメッセージの伝達を重視したような表現が、生前に十分評価されていたとは言い難い。それがいま注目されるのは、生き方も含めた四国さんの「表現」に共感が広がっているからかもしれない。

 ことしも公の施設で企画展が相次いでいる。福山市人権平和資料館はシベリア抑留が切り口。臨時休館中の国立広島原爆死没者追悼平和祈念館(広島市)は1年間の会期で「時を超えた兄弟の対話」展を開いている。弟が亡くなる直前までつづった日記に向き合い、繰り返し表現した詩や絵を、現物と映像、タッチパネルで、見る者に追体験させる。

 それが可能なのは、原爆が投下された時に広島にいなかった四国さん自身が、残された日記などから他者の記憶を追体験し、表現として今に残したからだろう。

 「父がしたかったことは、表現を通じて次世代の心に戦争や核への嫌悪感、拒否感を育てることではなかったか」。長男の光さんが福山の会場で語っていた。「表現こそが抑止力になるのでは」とも。

 命に限りはあっても、描いたもの、書いたものはそれを超える。記憶の断片を残し、継承するために絵筆やペンを動かし続けた四国さんの志を思う。

(2020年3月14日朝刊掲載)

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