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社説・コラム

『記者縦横』 ヒロシマへ 陛下の伝言

■東京支社 下久保聖司

 取材の帰り際、一人呼び止められた。会見場に戻ってほしい―。引き返す先に待っていた男性の名刺には<宮内庁侍従職>の文字。「陛下からお言葉を預かっています」。2月下旬、赤坂御所での出来事である。

 天皇陛下は60歳の誕生日に合わせ、記者会見を開かれた。通常、参加できるのは宮内記者会の加盟社だけだが、今回は即位後初ということで、特例として地方紙など13社も加わった。

 即位10カ月の心境や憲法への思いなど、六つの代表質問に丁寧に答えられていく。30分の予定時間も残りわずか。手を挙げ続けると最後の最後に司会者と目が合った。一拍置いての指名。中国新聞が何を聞くのか。逡巡(しゅんじゅん)は無理もない。

 質問は決めていた。被爆75年の所感だ。核の惨禍を被った市民の間には、昭和は遠のけど「天皇」という言葉の響きに特別な感情を抱く人もいる。陛下の生の声を伝える貴重な機会だ。

 核兵器廃絶を願いながら老いを深める被爆者を思いやり、被爆地訪問の意向も示された。「世界の平和を心から望む立場として今後とも広島、長崎に心を寄せていきたい」。その場で紡がれた言葉だった。

 それでも言い足りないと思われたのだろう。「お言葉」は記者を通しての被爆者への伝言だった。「幼少の頃より上皇、上皇后両陛下とともに広島、長崎の原爆の日には欠かさず黙とうをささげてきました」。昭和、平成そして令和。時代は変われど、記憶と教訓は確かに引き継がれていく。

(2020年3月20日朝刊掲載)

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