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社説・コラム

天風録 『戦艦大和「命との格闘」』

 戦艦大和に乗り組んだ元軍医の祖父江(そぶえ)逸郎さんが先日の本紙で証言していた。「一番難しい仕事は、詐病を見極めることだった」。死にたくないという思いから病人を装う。真実は細部に宿る―とは、こういうことだろう▲元軍医はレイテ沖海戦を知る人。米軍の波状攻撃で、30分おきに兵が担ぎ込まれてくる。砲弾の破片が貫いて傷ついた体を「どうしてやることもできない」。同じ巨艦、武蔵の最期も「帽振れ」で見送るしかなかった▲75年前の4月7日。大和も「沖縄水上特攻」に突入し南海に沈む。勝ち目のない作戦により、多くの兵が波間に消えた▲その現場で生存者の救助に当たった駆逐艦雪風の元水雷科員、西崎信夫さんの語りを昨年聞いた。絶叫しながらロープを待つ兵は重油まみれの水鳥のようだった。甲板に引き上げたら遺体置き場でもある風呂場で油を吐かせる。若い兵の足にしがみつく下士官を棒でたたき落とした記憶は、消そうにも消せない▲じくじたる思いが、90代の2人を今もさいなむ。技術の粋を集めた大和を誇りながら「救える命はもっとあった」と悔やんでやまない。貴重な証言を次代に伝える人たちに、あらためて敬意を表する。

(2020年4月10日朝刊掲載)

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