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社説・コラム

社説 ロシアの核政策文書 軍拡への逆行許されぬ

 ロシアのプーチン大統領が核兵器使用を認める条件を定めた新たな文書「核抑止力の国家政策指針」に署名し、公表した。10年ぶりの改定で、全文を明らかにするのは初めてという。

背景に米の妄動

 米国をけん制する狙いがあるのだろう。しかし核兵器の先制使用も辞さない姿勢を示すなど中国を含めた核軍拡競争を増長させる危うさをはらんでいる。到底許されない。

 プーチン氏は2年前、核兵器による報復は辞さないとしながらも、先に核兵器を使う考えについては否定していた。

 それを方針転換した。指針では、核兵器使用に踏み切る条件を四つ挙げた。その一つが、ロシアや同盟国を攻撃する弾道ミサイル発射に関する確度の高い情報を入手した場合で、先制使用も辞さずということだ。

 限定的とはいえ、なぜ先制使用を打ち出したのか。背景には、核軍拡に向けたトランプ米政権の軽挙妄動がある。2018年2月に公表した「核体制の見直し(NPR)」で、核兵器の先制使用も排除しないとした。さらに「使える核」として小型核の開発も進めている。先月は爆発を伴う核実験の再開まで議論したという。言語道断だ。

歯止めなくなる

 昨年8月には、中距離核戦力(INF)廃棄条約が失効した。核軍縮への道を開き、東西冷戦終結につながった画期的な条約だった。トランプ政権が19年2月に破棄を通告していた。

 今や、米ロの核軍縮関連条約で残るのは新戦略兵器削減条約(新START)だけ。それも来年2月に期限を迎える。戦略核の配備弾頭数を制限する内容で、失効すれば核軍拡への歯止めがなくなってしまう。延長を求めるロシアに対し、米国は交渉に臨もうとすらしていない。

 米国は、中国を含めた新たな条約が必要だと主張する。確かに中国の軍拡は目に余る。それでも、地球上にある約1万4千発の核兵器の9割を持つ核超大国の米ロがまず軍縮に踏み出さなければ、中国に核軍縮を迫っても説得力に欠けよう。

 もちろんロシアの責任も問われるべきだ。14年にウクライナのクリミア半島を強制編入し、「極超音速」の戦略核兵器などの開発も進めている。国際社会が警戒するのも無理はない。

 プーチン氏がこの時期に指針を公表したのは、国内向けに外交姿勢をアピールする思惑もありそうだ。憲法改正の賛否を問う国民投票が来月1日に予定されている。過半数の支持を集めれば、事実上の終身大統領への道が開ける。米国と対等に張り合う構えを国民に示すことで、景気低迷で陰りの見える求心力を取り戻したいのだろう。

 核兵器は人類の存亡をも左右する危険な兵器である。使用はもちろん、製造や保有ですら国際法違反だとする核兵器禁止条約が世界中で支持を広げつつある。にもかかわらず、自らの利益のために核兵器を利用するとは看過できない。

日本の役割重大

 激しさを増す米ロの対立は日本にとっても大きな問題だ。ロシアは米国のミサイル防衛(MD)網を強く警戒している。張り巡らされれば、自国の核兵器が無力化されると考えているようだ。指針でも、核抑止力が必要になり得る軍事的な危険の一つにMD網を挙げている。

 山口県や東北地方への配備が検討されている、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」に対し、ロシアは神経をとがらせている。

 ロシアの言い分はこうだ。イージス・アショアは米国の進めるMD網の一部で、東欧などに配備されたのと同様、攻撃用の巡航ミサイルも発射できる―。

 それほど問題視されているのに、配備すればロシアの攻撃目標にされかねない。本当に必要か、疑問を持たざるを得ない。

 米ロの軍拡の動きを食い止める努力こそ、日本に求められている。今年は被爆75年の節目である。核兵器をなくしてこそ、誰もが安心して暮らせる平和な世界の一歩になる。粘り強く、そう働き掛けなければならない。果たすべき役割は重大だ。

(2020年6月6日朝刊掲載)

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