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社説・コラム

天風録 『原爆に「ピカ」と振る東京の追悼碑』

 8時15分と11時2分。朝、広島と長崎の原爆投下時刻に水がそばから噴き出し、ぬれる石碑が東京にある。江戸川区の滝野公園に立つ原爆犠牲者追悼碑。水を求めつつ息絶えた犠牲者を思ってのことだという▲約2メートル四方の自然石には花をくわえたハトと母子の姿。区内の被爆者でつくる親江(しんこう)会が「原爆の図」を描いた丸木位里(いり)、俊(とし)夫妻に下絵を頼むと、思わぬ条件が付く。「皆で彫りなさい」と。のみで代わる代わる彫った約40年前の跡から思いが伝わる▲コロナ禍を受け、都内では小中学生の被爆地派遣が相次いで中止となり、追悼行事も縮小を迫られている。被爆75年の節目だというのに、もどかしくてならない▲親江会会長の山本宏さんには被爆70年が転機だった。被爆体験は、戦後生まれの弟で「ミスター赤ヘル」の浩二さんにも隠していた。70年ぶりで広島を訪ねた時、その様変わりに「いま話しておかねば、記憶が消えてしまう」と焦りが募ったらしい▲滝野公園で先ごろ営まれた追悼式で、山本さんは漢詩「原爆少女の像」を吟じた。石碑の向こうにある広島や長崎に向かって。碑文にはこんな一節も見える。〈原爆(ピカ)は人が落とさなければ落ちてきません〉

(2020年7月23日朝刊掲載)

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