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連載・特集

核兵器はなくせる 第2章 特集・パキスタン「闇市場」

■ 記者 林淳一郎

 パキスタンの核開発には「闇市場」が深くかかわった。核兵器の製造に不可欠な資機材を世界から集め、確立した技術は国外へ送り出す-。そんな非合法のネッ トワークは、被爆国日本の先進技術にも触手を伸ばした。中国の脅威に対し核兵器開発に走ったインド。対抗して是が非でも核の力を渇望したパキスタン。その過程を振り返ると、歯止めをかけなかった国際社会や、商機ととらえた企業の責任も浮き彫りになる。

カーン博士の家で日本人を見た 精密機器 規制くぐり輸入

 「カーン博士のゲストハウスで一人の日本人を見たよ」。パキスタンの首都イスラマバード。物理学者のアブドゥル・ナイヤー博士(64)がおもむろに語り始めた。元大学教授で今は政策評価をする民間研究所の上級研究員。目撃したのは、1986-88年のことだったという。

 闇市場の存在は2004年、カーン博士がテレビで告白したことから発覚した。このため、当時はまだ知られていなかった。「いつもゲストハウスには科学機器の販売業者がいた。日本の業者も欧米と激しい競争をしていたと私は確信しているよ」。目撃談が続く。

 ウラン濃縮に使う遠心分離機の部品、金属の組成を調べる電子顕微鏡…。輸出入規制が厳しい資機材もあるが「規制のない別の機器のラベルと張り替 えて売ってもらうんだ」。パキスタンが核開発に突き進んだ1970-80年代、核兵器開発にかかわる友人からナイヤー博士はそんな裏話も聞いたという。

 イスラマバードで取材に応じた他の科学者も証言する。「購入価格は通常の2-4倍。業者は誘惑に勝つのが難しかったに違いない」

 国際原子力機関(IAEA)のエルバラダイ事務局長は2004年、闇市場を通じて世界の20以上の企業がリビアやイラン、北朝鮮へ核技術を違法 供与したと指摘した。「闇市場が今も存在するのかは分からないが、資本主義の世界では利益を得るために誰かが売る。厳しい罰則だけで根絶するのは難しい」とナイヤー博士はみる。

 パキスタンは一方、自らの技術を成熟させた1980年代後半からは「輸出国」の顔も持ち始める。米紙などは、北朝鮮がパキスタンからウラン濃縮技術を得る見返りに、核弾頭を運ぶ弾道ミサイル技術を同国へ提供した疑惑を報じている。

 闇市場についてパキスタン政府は国の関与を否定し「カーン博士の単独犯行」と説明する。しかし輸出入には行政機関である税関が絡むことなどから、疑念はぬぐい去れていない。

 中国新聞は1月16日、カーン博士に6項目の質問状を送った。「核テロに闇市場が絡む可能性は」「核兵器はなくせると思うか」…。返信はまだない。

対等保有 両国の緊張続く

 インドが保有する核弾頭は60-70発、パキスタンは約60発。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI、スウェーデン)年鑑2008年版はそう分析している。

 1998年、インドは5回、パキスタンは6回の核実験を繰り返した。インドの平和運動家は「インドは1974年に1回やっているから、パキスタンは数合わせをしたんだよ」と苦笑する。数字の上では確かに、両国が「対等の核保有」を意識していると読める。

 もともとインドとパキスタンは1つの国。1947年、英国統治下から分離独立した経緯がある。その2カ月後にはカシミール地方の領有をめぐる第一次印パ戦争に突入。建国当初から両国間には深い溝が刻まれた。

 核兵器開発はインドがリードする形で進んできた。

 中国は1962年のインドとの戦争を経て、1964年に核実験に成功した。インドは10年後の1974年「平和的爆発」と称して核実験に踏み切った。1988年の 国連演説など対外的には核兵器廃絶や使用禁止を訴える一方、パキスタンや中国の脅威が解けないのを背景に1998年、再び核実験をし核兵器国宣言をした。もっ とも2003年には、核兵器の先制不使用を掲げた核ドクトリンを発表している。

 一方のパキスタン。インドが初めて核実験をした翌1975年、欧州でウラン濃縮技術などを学んだカーン博士が帰国の途に就いた。自ら築いた「闇市場」を通じて技術や資機材を欧米などから調達し、核兵器開発を進めた。

 1979年に旧ソ連がアフガニスタンに侵攻。パキスタンが米国の対ソ戦略拠点となったことも、国際社会が核開発を黙認した一因として指摘される。

 最近は民間旅客機の相互乗り入れなどインド・パキスタン関係は改善しつつあった。しかし昨年10月、米国とインドの原子力協力協定が発効。さらに11月にインド・ムンバイのテロ事件が関係を冷却化し、緊張関係が続いている。

(2009年3月20日朝刊掲載)

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