×

連載・特集

核兵器はなくせる 第2章 南アジアの冷戦 <3> 原子力協定

■記者 林淳一郎

ウラン軍事転用の恐れ 米核燃料輸入が解禁

 住宅街を車で進むと唐突に、高さ2メートルほどの塀が見えてきた。鉄門に「バーバ原子力研究センター」と英文で記されている。

 ムンバイの中心市街地から北東に約50キロ。インドの「原子力の町」はアラビア海の湾に面し、塀の中の広大な敷地に約5000世帯が暮らす。学校や商店もある。1974年のインド初の核実験にもかかわった核開発拠点だ。

 一角にある国営インド原子力発電公社の取材が許された。役員のスドヒンダル・タクル氏(60)は「朗報だよ。原子力利用をさらに進めることができる」とほおを緩めて話した。昨年10月に発効した米印原子力協力協定のことである。

 協定締結により、米国から核技術や核燃料の輸入が解禁されることになった。人口11億人のインドは急速な近代化も相まって、エネルギー需要は2030年までに倍増する見込み。公社が管理する原子力発電の増強は国策であり、必須課題でもあった。

 だが、歓迎する声ばかりではない。

 「確かに電力不足は深刻だ。しかし協定には問題がありすぎるよ」。南部バンガロールの物理学者M・V・ラマナ博士(42)は首を左右に振る。

 インドには小さいながらもウラン鉱山がある。「米国から核燃料を輸入すれば、国内産のウランを軍事に回すこともでき、核兵器の増産につながる」。協定交渉が続いていた2006年、ラマナ氏は米国の科学者とシミュレーションしてみた。核兵器に換算して年間7発分だったのが、40-50発分に増やせるという結果が出た。

 しかも協定は、原子力施設を発電用の「民生」と「軍事」とに区分する。建設中を含め国内22基の原子炉のうち、民生の14基は国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れるが、軍事向けの八基はノーチェック。これ以外にもバーバ原子力研究センターの研究炉なども査察は入らず、国際的な監視の目は届きにくくなる。

 この点を懸念するラマナ氏らインドとパキスタンの有識者ら20人は2007年、日本政府に、米国とインドの協定に反対するよう要請した。日本など45カ国でつくる原子力供給国グループ(NSG)の承認が協定発効の条件だったからだ。しかし昨年秋のNSG臨時総会は、日本も含め全会一致で「賛成」した。

 「インドを先例に、核を増強する国が出てくる。最初はエネルギー利用でも、敵国を前にすれば軍事転用しかねないんだ」とラマナ氏の懸念は広がる。

 協定発効の8日後、隣国パキスタンは中国との間で原子力協力について合意したと発表した。

(2009年3月22日朝刊掲載)

この記事へのコメントを送信するには、下記をクリックして下さい。いただいたコメントをサイト管理者が適宜、掲載致します。コメントは、中国新聞紙上に掲載させていただくこともあります。


年別アーカイブ