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連載・特集

核兵器はなくせる 第2章 南アジアの冷戦 <6> メディアの役割

■記者 林淳一郎

平和の心 記事が結ぶ 「先制不使用」引き出す

 パキスタンの首都イスラマバードに「南アジア自由メディア協会(SAFMA)」の事務所がある。平和構築を志すジャーナリストたちの団体。2001年に設立し、メンバーは周辺を含む8カ国で計1万人以上という。

 「大きな成果があったんだ」。事務所を訪れると、地元紙の編集長ムスタンサル・ジャベッド氏(63)が誇らしげに語り始めた。

 インドの有力紙が昨年11月下旬、首都ニューデリーで会議を開いた。テレビ会議システムでパキスタン側と結び、ザルダリ大統領の重大発言「核兵器の先制不使用」を引き出したのだ。

 インドは2003年に「先制不使用」などをうたう核ドクトリンを発表したものの、パキスタン首脳の発言は初めて。ニュースは世界に報じられた。

 SAFMAの事務所には、1960年代にパキスタンにやって来た広島の男性から被爆体験を聞いたというフリーライター、アシュファク・ミルザ氏(64)もいた。

 1947年の分離独立以来、パキスタンは軍政下にあった時期が長い。特に1980年代はメディアへの規制が厳しく、反政府的な報道をすれば、記事の差し止めだけでなく、記者が拘束されることもあったという。「今私たちは政治家と接触し、自由な報道ができる。その立場をフルに生かし、国を平和に導きたいんだ」とミルザ氏は熱弁を振るった。

 2004年、ジャベッド氏らSAFMAの10人は領有権をめぐりインドと対立するカシミール地方に赴き、帰国後に当時の大統領に「人の交流が和平の基本」と提案。すると翌年4月、カシミール地方でバス運行が始まったという。「一つ一つの積み重ねが両国の平和を脅かしている緊張状態を和らげる」とジャベッド氏は信じる。

 一方のインド。首都ニューデリーで出会ったクルディープ・ナイヤール氏(84)は現在のパキスタンに生まれ、分離独立後にインドへ移り住んだ記者だ。上院議員の経験もある。

 「核兵器もカシミール問題も、まずは反インド、反パキスタンという国民感情をぬぐい去らないと始まらない」。資料に埋もれた机に向かい、柔和な笑みで話し始めた。「物流に文化交流…。マスコミが両国をつなぐ世論をつくる。政府も無視できないはずだよ」

 2月下旬、SAFMAの企画でインドのジャーナリスト13人がパキスタンを訪れ、政府高官や政治家と意見を交わした。つえを突きながらナイヤール氏が、団長として一行を率いていた。

(2009年3月26日朝刊掲載)

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