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連載・特集

原爆を問う 2人の被爆科学者の軌跡 <7> 制度

■記者 森田裕美

認定の不備を追及 核開発への憤り込めて 

 名古屋市の繁華街で沢田昭二がマイクを握った。4月中旬。名古屋高裁での原爆症認定集団訴訟の口頭弁論に合わせ、街頭で支援を呼び掛ける。「この裁判の意味は被爆者を救済することだけではありません。核兵器が悪魔の兵器であると訴える活動でもあります」

 広島と比べて被爆者問題になじみの薄い市民に、自らの被爆体験を交え、国の認定制度の問題点や訴訟の経緯をやさしく解説する。

 沢田はこの集団訴訟を通じ、一人一人の被爆者に何が起こったのか、最新の科学的知見だけでは説明がつかないことに、あらためて気付いた。例えば爆心地から離れた遠距離被爆でも、爆心地近くにいた人と同様に脱毛や下痢などの急性症状に見舞われた原告がいる。国が認定の物差しに使う初期放射線の線量推定では合点がいかないケースだ。

 沢田は、その正体を「体内に取り込まれた放射線による内部被曝(ひばく)の影響ではないか」と考える。

 このため、爆心地からの距離ではなく、急性症状の発症率から被曝線量を逆算する研究を進める。いわば生物学的で疫学的な線量評価だ。ただ専門家の中にも、当時の衛生状態や強いストレスも急性症状の要因になりうるとの指摘があり、研究は緒に就いたばかり。

 今年5月、沢田はギリシャでの国際学会でこれまでの研究成果を発表した。主催した欧州放射線リスク委員会(ECRR)が、英国の科学誌へ投稿した沢田の論文を読んで招いたのだった。

 「未解明だからと切り捨てるのではなく、被爆者の実態に基づいて解明の努力を続ける。それが科学の責任だ」。沢田は思いを強くしている。

 沢田と同級生の葉佐井博巳も、残留放射線の測定を通じて原爆被害に向き合ってきた。だが、原爆症認定への見解は沢田と異なり、葉佐井は「行政の判断と科学とは、相いれないもの」と考える。

 同じ物理学でも「理論」を専門とする沢田に対し、「実験」の葉佐井にとっては、理論を裏付ける実測がすべて。内部被曝の可能性があるにしても、測定は極めて困難だ。

 さらに、放射線の影響を受けやすいかどうかの放射線感受性には個人差があるとされ、病気の要因が原爆か否かを突き止めるのは極めて難しい。ならば「科学と切り離し、行政として別の尺度で認定制度を運営すべきだ」と葉佐井は主張する。

 もちろん科学をあきらめたわけではない。研究を続ける後輩たちと連絡を取りながら、残留放射線のごくわずかな痕跡を追い続ける。しかし、中国の核実験による放射性降下物も影響し、測定は困難さを増すばかり。

 科学が生んだ原爆の非人道性。それを科学の力で解明できないもどかしさ。理不尽さにいらだつ2人の被爆科学者は、ともに科学のありようを考える。来し方、行く末を思う。アプローチは違えど共通するのは、愚かな核兵器開発への憤りだ。

原爆症認定制度
 被爆者ががんなどの病気になった場合、自治体を通じて厚生労働省に申請。専門家の審査により病気が原爆の影響と認められれば国が原爆症と認定し、月額約13万7千円の医療特別手当を支給する。申請を却下された被爆者による集団訴訟が相次ぎ、国は18連敗。認定基準の見直しが政治課題となっている。

(2009年7月9日朝刊掲載)

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