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連載・特集

『生きて』 詩人 御庄博実さん <8> 逮捕

■記者 伊藤一亘

書いた詩で政令違反に

 朝早かった。まだ寝ていたところに3人の警官が来ました。逮捕状を広げ、「詩が政令違反だ。作者と発行責任者を逮捕する」という。とりあえず、「着替えるから外してくれ」と病室の外に出てもらって窓から外を見ると、病棟を警官隊がぐるっと取り巻いている。「これは逃げられんな」と覚悟しました。

 朝鮮戦争が続く1951年3月、国立岩国病院(現国立病院機構岩国医療センター)の患者自治会報に寄せた詩が、政令325号(占領目的阻害行為処罰令)に違反した容疑で逮捕される

 患者自治会から「会報の新年号に反戦詩を書いてくれ」と頼まれてね。苦手なプロパガンダの詩を書いたら、巻頭に大きく掲載された。岩国駅前でもおおっぴらに配ったらしい。さすがに「大丈夫か?」という不安はありました。怒られるとは思ったけれど、まさか捕まえに来るとは思わなかった。

  「おい/そんなに蒼ざめた目玉をして飛び廻るな/飛行機虫/今に この鉄の腕で/叩き落してくれるぞ!」。問題になった詩「失われた腕に―一傷兵のメモより」の一節だ

 「『飛行機虫』とはアメリカ軍の飛行機のことだろう」と、取り調べで詰め寄られました。「いや、『飛行機虫』という虫がいるんだ」と言い張りまして。ずっとその繰り返しでした。直接の暴力はないけれど、竹ざおで机をたたきながら「そんな虫がいるか。本当のことを言え」と迫る。こっちは「飛行機虫がいる」で通すより方法がないじゃない。

 その時、励ましてくれたのが峠三吉だった。主宰する同人誌「われらの詩」の編集後記などで「仲間の御庄が闘っている」などと書いてくれてね。結局、7月に不起訴処分になりました。

 一方、峠は53年、肺の手術中に帰らぬ人となる

 広島の叙事詩を書こうとしていた峠は、健康な体を取り戻そうと、手術すべきかどうかみんなに相談していた。僕も手術を勧めた一人。「峠に悪いことしたな」という負い目は今も感じています。

 峠たちと活動する一方、僕は詩誌「列島」の創刊に参加するなど、中央の前衛的な詩人たちとも交流していました。戦後の文芸復興期、みんなエネルギッシュだった。文学にあんな熱気があった時期はちょっとないのではないでしょうか。

(2010年8月5日朝刊掲載)

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