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連載・特集

グレーゾーン 低線量被曝の影響 第1部 5年後のフクシマ <2> 帰還の選択 新たな苦悩

 福島県楢葉町は昨年9月、東京電力福島第1原発事故による国の避難指示が解除された。自宅に戻った高原カネ子さん(67)は、穏やかな暮らしを取り戻した。「家の中にいると、以前と何一つ変わらない」。リビングに差し込む日差しも、高台からの眺めも、長年慣れ親しんだものだ。

 しかし、家から一歩出ると様相は異なる。約20世帯ある集落で、帰還したのは2世帯。近くの国道6号は、廃炉事業などを請け負う大型ダンプカーが激しく往来し、田んぼには除染作業で出た廃棄物を詰め込んだ黒い袋が積み上がる。のどかな風景は一変した。

 町域の大半が、第1原発から20キロ圏内の楢葉町。人口約7300人のうち、帰還したのは6%の約440人にとどまる。町は来年春を「帰町目標」として掲げ、まず半数の帰還を目指している。

4年半の空白

 町内の宅地の空間放射線量は、平均で毎時0・30マイクロシーベルト。時間の経過や除染により59%低減した。国が長期目標とする年間の追加被曝(ひばく)線量1ミリシーベルトに近づきつつある。そんな現状を強調しつつ、松本幸英町長は「原発事故で避難したのだから、放射線に対する不安を拭い切れない」とも認める。

 いち早く戻った高原さんは、自宅でカフェを始めた。さまざまな町民が立ち寄る。コーヒーを勧めても「楢葉の水だったら飲みたくない」と拒む人、高齢での1人暮らしはやめてと帰還を家族から制止されて涙する人…。「避難生活が短ければ、状況は違ったのでは」―。そう思うと、4年半の空白を強いた放射線がなおさら恨めしい。

 帰還が進み始めた昨年末、一つの決定が町民を揺るがした。隣接する富岡町への指定廃棄物の最終処分場受け入れである。国が整備し、福島県内で発生した放射性セシウムの濃度が1キログラム当たり10万ベクレル以下の汚泥や焼却灰を処理する計画。搬入路は楢葉町にある。

「見捨てられた」

 「戻る気持ちになれない。町に見捨てられた」。2月上旬、首都圏への避難者を対象にした東京都内での町政懇談会では、搬入路前に自宅がある男性(66)が率直な気持ちをぶつけた。松本町長は「迷惑施設であることは間違いない。でも、誰かが引き受けないと…」と説得し続けた。

 原発事故が起きた時に必死に避難するしかなかった町は今、帰還という希望とともに新たな苦悩を抱えている。高原さんはカフェを続けて、立ち寄る町民の声を受け止めるつもりだ。「戻った人も、戻らなかった人も、みんな幸せだと思えなければ事故は終わらない」。きっぱりと言った。(藤村潤平)

避難指示の解除
 国による避難指示の解除は、除染作業の進行などとともに、年間の被曝線量20ミリシーベルト以下の「避難指示解除準備区域」から進んでいる。2014年4月の福島県田村市の一部から始まった。楢葉町は3例目で、全町避難の自治体では初めてだった。

(2016年3月4日朝刊掲載)

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