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グレーゾーン 低線量被曝の影響 第3部 ゴールドスタンダード <4> データ公開 拡大望む声

 「100ミリシーベルト以下の被曝(ひばく)の影響は、被爆者データから導くことができる」。慶応大商学部の浜岡豊教授はためらうことなく主張する。専門はマーケティング科学。東京電力福島第1原発事故後から、門外漢だった低線量被曝の影響について独自の分析を続けている。

 国際基準で「低線量被曝の影響ははっきりしない」とされる根拠は、放射線影響研究所(放影研、広島市南区)が蓄積した被爆者など約12万人のデータと分析に基づく。推定した被曝線量で被爆者をグループ分けし、がんなど病気との関連性を分析している。

 浜岡氏は、広島県熊野町出身。身近にいた被爆者のデータが低線量被曝の議論の基になっていると知り、問題意識はさらに高まった。ところが調べてみると、そのデータ分析は「マーケティングの世界では到底考えられない手法」と驚くことになる。

個人情報に配慮

 消費者行動などの分析では、全国各地の店舗のレジで打ち込まれた個人データを集積して使う。サンプル数は少なくとも数百万人単位。「細かいデータこそ貴重。グループ化して数字を丸めてしまうと、そもそも影響が見えなくなる可能性がある」と指摘する。

 さらに確信を強めたのは、匿名化した個人データが全て公開されている米原子力施設の作業員の疫学調査を再分析したからだ。被曝線量は17~32ミリシーベルトで、線量をグループ化した公式の分析結果は「影響なし」。しかし、浜岡氏が独自に分析すると、がんなどで「影響あり」との結果が出た。

 放影研は、個人の被曝線量をグループ化する理由について、被爆時やがんと診断された年齢、喫煙などの生活習慣に応じたデータの補正の必要性を挙げる。ハリー・カリングス統計部長は「複雑な計算を同時にこなすには、スーパーコンピューターが要る。被爆者のプライバシーに関わるので、外部委託はできない」と説明する。

「匿名なら可能」

 被爆者データは、放影研が共同研究を認めた人間しか全てを見られない。浜岡氏は「匿名化すれば公開は可能なはず。多くの専門家の目で生かすように努めるべきだ」と訴える。

 放射線生物物理学の分野でも、放影研の比類なき「財産」の活用を求める声が上がっている。米コロンビア大放射線研究センター長のデービッド・ブレナー教授は「低線量被曝で受けたダメージの経過を、体の組織から探ることができるかもしれない」と、放影研が保存している被爆者の血液などに注目する。「欧米での利用の可能性が広がれば、日本では未着手の先進研究もできる」と説く。

 放影研は、被爆者感情に配慮して細心の管理をしている。ブレナー氏は、理解を示しつつ「身をもって調査に協力してきたからこそ、科学的な解明に貢献すると受け入れてくれる人もいるだろう」と期待する。(藤村潤平、金崎由美)

(2016年5月25日朝刊掲載)

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