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社説・コラム

『潮流』 ガリレオの問い掛け

■ヒロシマ平和メディアセンター編集部長・宮崎智三

 地動説を唱えて教会に断罪されたガリレオ・ガリレイをモチーフにしたブレヒトの戯曲に、こんな一節がある。

 「科学の目的は無限の英知への扉を開くことではなく、無限の誤謬(ごびゅう)に一つの終止符を打ってゆくことだ」

 確かに誤った考えを不断に正していく作業こそ、科学だといえそうだ。天動説から地動説への転換を考えると、うなずける。では、放射線による健康影響はどうだろう。やはり「誤り」をずっと修正し続けてきたのではないか。

 一例がことし発生30年を迎えた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故である。「子どもの甲状腺がんが増えている」。現地からの報告に専門家ほど懐疑的だった。「広島と長崎の被爆者の経験から見ると考えにくい」などと。

 振り返れば、被爆者に関する誤った知識は原爆投下1カ月後には流されていた。「死ぬべき者は死に、原爆放射能のため苦しんでいる者は皆無だ」。マンハッタン計画に関わった米軍人の言葉である。被害を矮小(わいしょう)化する思惑さえ感じてしまう。

 実際は、放射線は生き残った被爆者を苦しめ続けた。10年ほどして発生のピークが来る白血病や、数十年もしてリスクが上昇するがんなどだ。

 ただ、そんな広島と長崎の知見でも、わずかしか放射線を浴びていない場合の健康リスクはよく分かっていない。それを追った3月からの連載「グレーゾーン 低線量被曝(ひばく)の影響」が今月上旬で終わった。解明への課題はまだ多く、今後もフォローする必要性をあらためて感じている。

 ガリレオ自身が著書「天文対話」につづった言葉を思い出す。どうして君は他人の報告を信じるばかりで自分の目で観察したり見たりしなかったのですか―。科学者だけではない。歴史を記録し、現場を歩いて真実を掘り起こすべき私たちにも向けられた問い掛けとして、かみしめたい。

(2016年11月17日朝刊掲載)

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