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連載・特集

[インサイド] 「知の拠点」具体化へ一歩 平和研究機関設置へ広島市検討 旧広島大理学部1号館

広島大・市立大と新機構案

運営手法や費用負担 課題

 広島市が広島大本部跡地に所有する被爆建物、旧理学部1号館について、平和研究・教育の国際拠点とする提案を市の有識者検討会が示し、実現に向けた検討が始まる。長年定まらなかった1号館の保存・活用策や、「知の拠点」構想を具体化する動きに、注目が集まる。広島大、市立大の平和研究機関を移し、市と新機構をつくる案を形にするには、市の本気度と調整力が問われる。費用の負担や、広島県との連携も課題に浮かぶ。(明知隼二)

 提案は広島大と市立大、市が「ヒロシマ平和教育研究機構」(仮称)を設け、国内外の研究の拠点として被爆資料の展示など平和発信の機能も備えるとする。市と大学が跡地整備で掲げる「知の拠点」構想でも、中核的な役割を担う。11月下旬の有識者懇談会では「学術研究の国際会議などを誘致できれば」などと評価する声が相次いだ。

 跡地内で民間施設が相次ぎ開業する一方、肝心の1号館について市が一部を保存・活用する方針を決めたのは2017年3月。その後、具体策は非公開で議論する有識者検討会に委ねられた。「人選と議論に必要な時間をかけた」とする市都市機能調整部の長光信治部長。しかし、市と両大学でつくる機構の形や運営の在り方など、実質的な議論はこれからだという。

改修18億5000万円

 1号館は建物自体のメンテナンスはしておらず、窓は割れて壁面は変色し、屋上に生えた草も見える。耐震化・改修の費用は概算で18億5千万円と見込むが、機構運営や必要な施設の姿が明確にならなければ、実際の額も3者の分担も定まらない。

 松井一実市長は10日、19年度には基本計画をまとめると表明。広島大も、懇談会座長を務めた高田隆副学長は「学都と被爆の両面の歴史を踏まえた活用が必要だ。地元の大学や建物への思いを受け止めながら議論を進めたい」とするが、青写真が現実のものになる時期は、まだ見通せない。

 元原爆資料館長で被爆者の原田浩さん(79)=安佐南区=は「これからまた何年も議論が続くようでは困る。市のリーダーシップで一刻も早い具体化を」と求める。市の有識者検討会が非公開だった点にも「被爆建物の保存には市民の理解と関心が不可欠。公開で議論をすべきだった」と苦言を呈した。

情報交換どまり

 平和行政を強化する広島県との連携も課題となる。県は2016年、核兵器廃絶や平和構築に関する人材や情報の拠点性を高める「センター」の構想を表明。スウェーデン・ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)などと連携協定を結ぶなど、独自のネットワーク構築を進める。

 市はこれらとの連動は現時点でないとし、平和推進課の松嶋博孝課長は「まずは両大学と具体化に向けた議論を深めるのが先決」と説明する。県平和推進プロジェクト・チームの下崎正浩担当課長も「廃絶という巨大な目標に対し、それぞれのアプローチで動くことは無駄にはならない」としており、「知の拠点」構想で連携は情報交換にとどまる見通しだ。市民から見れば県と市の目的や視点が重なり合うだけに、役割分担などの行方が注視される。

<広島大本部跡地を巡る主な動き>

1995年 3月 広島大の東広島市への統合移転完了。跡地は国立大学財務・経          営センターへ移管
97~98年   県がんセンターや、県庁の建て替え移転先の候補地に浮上
2000年 9月 県が県がんセンター整備構想を凍結
  03年 6月 県が県庁建て替えを「現時点では困難」と表明
  06年 3月 広島地域大学長有志懇談会が「ひろしまの『知の拠点』再生プ          ロジェクト」を広島市に提案
  07年 4月 市と広島大がアーバンコーポレイションを代表とする5社の共          同事業体を再開発事業者に選定
  08年 8~12月 アーバンが民事再生法の適用を申請し、共同事業体が事             業者を辞退。次点の章栄不動産などの共同事業体も事業             化を断念
  13年 4月 財務・経営センターが市へ旧理学部1号館を無償提供
     12月 市と広島大が三菱地所レジデンスなど8社・団体の企業グルー          プを事業者として発表
  14年 1月 財務・経営センターが企業グループに用地3.8ヘクタールを          売却
      6月 市の調査で、1号館が震度6強の地震で倒壊の危険性が高いと          判明
  16年 6月 1号館の保存・活用を巡る市の有識者懇談会の初会合
      8~10月 跡地に民間スポーツクラブ、新型車の展示施設、病院や             高齢者向けケアハウスが開業
  17年 3月 市が、1号館の正面の棟をI字形に残し、平和教育・研究の拠          点や市民の交流施設とする保存・活用方針を決定
  18年 2月 市が保存・活用の具体策を考える非公開の有識者検討会の初会          合
  18年 11月 有識者検討会が、1号館を平和研究・教育の国際拠点とする           案を提示

旧広島大理学部1号館
 1931年に広島文理科大本館として建設。鉄筋3階建て延べ約8500平方メートル。爆心地から約1・4キロで被爆し、外観を残して全焼。49年の広島大開学で理学部1号館となった。同大の東広島市移転に伴い91年に閉鎖。震度6強の地震で倒壊する危険性があるとの調査結果などを踏まえ、市は2017年3月、E字形の建物のうち正面棟をI字形に保存する方針を決めた。

(2018年12月11日朝刊掲載)

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