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連載・特集

被爆樹木保存 課題山積み 広島の民間管理者 聞き取り調査

 被爆樹木をどう残すか。国の予算案を受け、広島市が新設を予定する樹勢回復の補助制度によって、原爆の惨禍を乗り越えた「もの言わぬ証人」の保存は新たな段階を迎える。爆心地から約2キロ以内に残るのは161本。うち民間の23施設・団体が守る58本への目配りは欠かせない。中国新聞の聞き取り調査では、さまざまな課題が浮き彫りになった。(桑島美帆、増田咲子、山本祐司)

老木化や病気 不安の声

 被爆樹木は樹種、本来の寿命、生育条件などさまざまだ。爆風に耐えた樹齢数百年の古木もあれば廃虚の中で新芽がよみがえった木もある。今回の調査では「継承」が難しくなりつつある事情は共通していた。

 老木化の症状や病気を挙げたのは民間の23施設・団体のうち12。本数でみると58本のうち少なくとも14本について不安を抱える。

 爆心地から1・8キロにある碇神社(中区)のソメイヨシノは「病気にかかり、生育状態があまりよくない」という。周辺に公共施設や高い建物ができ、日照不足も一因とみられる。

 クスノキなど5本が残る吉島稲生神社(同)は吉島西町内会で管理し毎月、住民が清掃しているが、川口護会長(76)は「ヤブツバキの老木化が進み、土壌改良した」と話す。

 爆心地から890メートルの本逕(ほんきょう)寺(同)は「原爆で生き残った仲間」として先代住職の時代から2本を残す。ボタンは株分けしたが、タブノキは幹が空洞化してキノコが生え、「先が長くないかもしれない」とする。

 安田女子高(同)は「被爆ソメイヨシノが弱りつつある」と明かす。生徒たちが接ぎ木で「2世」を育て、各地に贈ってきたが、2014年頃から枝を切った後に新しい枝が生えなくなったという。

周辺環境整備も必要

 新しい補助制度を「利用したい」とした施設・団体は12。被爆ナツミカン2本が害虫被害を受けた光明院(中区)は「恒久平和の大切さを伝えるためにもありがたい」と歓迎する。クロガネモチ2本を守る金龍禅寺(同)は利用するか分からないとした上で「四角四面の指導より自由裁量があれば」と指摘する。

 「使わない」という回答も7あった。「木はいつか枯れる。自然体でいい」という意見もある。

 樹勢以外も保存の手立てが要る。安楽寺(東区)は樹齢350年のイチョウを残すため山門の屋根をくりぬいた。ただ年々幹が太り「地震や台風で木が揺れ、山門の屋根が壊れる可能性がある」と感じている。長遠(じょうおん)寺(中区)は、被爆した幹から再生したソテツ専用のスペースを設けている。

 コンクリートの階段に穴を開けてイチョウを守る浄西寺(同)は、幹の成長に合わせ、これまで2回穴を削ってきた。維持費はかかるが「成長する限りコンクリートを削る」と話す。

 こうした周辺環境の整備は当面、補助対象から外れる可能性が高そうだ。

土壌改良や治療進める 広島市・県や国

 小中学校や公園で84本を管理する広島市は、1996年度に被爆樹木をリスト化した。平和行政の一環として全ての保存、継承に取り組み、治療や土壌改良の経費を予算計上してきた。

 2016年度には樹木医の堀口力さん(73)=西区=に委託し、民間所有を含めた全てを調査。約4割に樹皮がめくれたり、害虫に侵食されたりするなどの問題があった。結果はカルテにまとめて所有者に配布し、市所有の症状が悪化した39本について治療を進める。さらに中国新聞社と中国四国博報堂の「緑の伝言プロジェクト」とも連携している。

 被爆樹木を持つ広島県や国も独自の予算で対策を取る。県保有は5本で縮景園(中区)のイチョウはワイヤで支え、脇芽を保護。頼山陽史跡資料館(同)のクロガネモチも害虫駆除などを行っている。ただ二又橋(東区)そばのシダレヤナギを管理する県西部建設事務所は将来の護岸工事があった場合には移設するケースもあり得る、とした。

 国土交通省所有は13本。爆心地から370メートルの中区基町のシダレヤナギは幹が傾き、空洞化したため17年度に丁字形支柱を置き、地中に酸素管を入れた。祇園新道沿いのクスノキ12本は幹にたまる水を抜く管を設置。随時、枯れ枝を切って薬剤を塗っている。

 広島高裁の敷地にも被爆クスノキ1本がある。

報専坊のイチョウ

惨禍の記憶 語り継ぐ

 広島市内の寺を中心に被爆樹木の「体験」を着実に継ぐ人たちがいる。中区寺町の報専坊の冨樫恵生住職(56)と妻の章子さん(56)。 前住職で妻の父、仰雲さんの遺志をつないでいる。

 1994年に本堂を建て替えた際、仰雲さんは本堂の改修工事が始まると何度も「この木を切らせん」と立ちはだかる。関係者が話し合い、階段で木を囲み、壁に通気口も設けてイチョウを残す設計にした。

 戦前、仰雲さんの誕生木として植えられた。原爆投下で本堂は倒壊、その父で当時の住職は門徒の供養に奔走し、被爆1カ月後にイチョウの幹にもたれかかって亡くなった。現住職夫妻はこうしたエピソードを近くの広瀬小児童や外国人観光客に伝え、希望者には「2世」の苗も提供する。「実際に見て、原爆を乗り越えた木の訴えを感じてほしい」と願う。

宝勝院のボダイジュ

根株にひこばえ 花開く

 中区白島九軒町にある宝勝院の被爆ボダイジュから生え、成長したひこばえを見上げるのは名誉住職の国分良徳さん(89)。幹は枯れたが、残る根株からひこばえが育ち、昨年初めて花を咲かせて実をつけた。

 あの日は寺の下敷きになったが助かった。母と弟は梁(はり)に挟まれて死亡。妹の骨も寺で見つかった。学徒動員に出ていた妹も亡くなった。被爆後、焼け残ったボダイジュの下で野宿したという国分さん。「花が咲いてほっとした。何とかこのまま元気に育ち、原爆の悲惨さを伝えてほしい」と願う。

筑波大や東京農大の研究者

3D画像化 傾き解析

 被爆樹木には被爆地以外の研究者も着目し、新たな視点からのアプローチが進む。筑波大の鈴木雅和名誉教授(66)=環境デザイン=と東京農業大の国井洋一准教授(41)=空間情報工学=らの研究がそうだ。

 鈴木さんは2013年、幹が1本で被爆後に移植されていないなどの条件に合う樹木の約8割が、爆心地方向に傾いていることを発表した。15年からは国井さんとともに3D化を始め、中区の縮景園のイチョウなど爆心方向に傾いた木を中心に6本を解析した。

 爆心地側の幹は熱線や放射線を浴びるなどして細胞が傷つき、成長が鈍った。影響が少ない反対側の成長とのずれが累積し、徐々に曲がったという仮説を立てていたが、それを裏付ける結果が出ているという。

 対象を被爆樹木全てに広げる予定。形状の変化を3Dで蓄積することで健康状態の判断にも役立ててもらいたいという。被爆樹木の模型の展示会を開き、長崎分を含むガイドブックを作る計画もある。鈴木さんは「樹木の持続性を担保できるよう統一的に管理し、生きる被爆遺産として後世に残すべきだ」と語る。

(2019年1月7日朝刊掲載)

動画 3Dアニメ「縮景園の被爆イチョウ」

聞き取り調査にご協力いただいた所有・管理者と被爆樹木

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