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緑地帯 指田和 消えた家族を追って <6>

 鈴木六郎さんの長女、公子ちゃんの語りで原稿を書き始めると、遅筆の私には信じられないスピードで筆が進んだ。鈴木家のアルバムを丁寧に読み込み、親類の方に話を聞き、時には一家の墓所へ足を運んで手を合わせるなど気持ちを集中させ、到達した域だったのかもしれない。

 書き上がった原稿を出版社の担当編集者に見せると、間もなく返事がきた。「読者が公子ちゃんの気持ちになって家族を思い、原爆のことをとらえられると思う。これでいきましょう」。その言葉が何よりうれしかった。

 悩んだのは表紙だった。私は当初、家族の日常と被爆のことがオーバーラップするような写真を候補に考えていた。でも客観的に見れば、その一枚は少しピントが甘く、意味を読み取ると切なすぎる。悲しい表紙を見て、読者は絵本を手に取ってくれるだろうか?

 編集者とブックデザイナーを交えた打ち合わせの時、沈黙を破ったのは、編集者の「これ、いいんじゃない?」の一言だった。彼女が手にしたのは、公子ちゃんがニッとした顔で猫を背負う写真だった。猫の安心しきった表情がえも言われぬ、あの一枚。「これだ!」。3人で手を叩(たた)いた。

 六郎さんのアルバムから溢(あふ)れ出ていたのは、平和な一家の、生きるよろこびと明日への希望だった。その象徴がこの一枚に集約されている気がした。だからこそ、それを奪った原爆への怒りがふつふつとこみ上げてくる。実際、私は原稿を公ちゃんの語りで書いたではないか。この写真をおいて、表紙は他にない。(児童文学作家=埼玉県)

(2019年12月14日朝刊掲載)

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