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連載・特集

平和を奏でる明子さんのピアノ 第3部 協奏曲に乗せて <中> 指揮者 下野竜也

戦争の現実感 指先から

 「『私のピアノ、こんな音がするんだ。わあ、きれい。面白い』と、明子さんが聴いたら喜ぶんじゃないかな」。ピアノ協奏曲「Akiko’s Piano」の楽譜に初めて目を通したとき、知的好奇心が旺盛で「ハイカラさん」な、少女の笑顔が浮かんだという。

 この曲の世界初演に、広島交響楽団を指揮して挑む。作曲家の藤倉大が、広島で被爆死した女子学生・河本明子さんにインスピレーションを得て創作。明子さんの遺品の被爆ピアノも一部で使用する。

 現代音楽は好んでタクトを振り、藤倉作品も2003年の日本初演以来、度々指揮してきた。「ビート感や音程、リズムなど、人間の力で演奏できる極限を求められる」。そんな印象の藤倉作品だが、今作は「従来より感情的で、想像をかき立てられる」と意欲を湧かせる。

 現代曲は一般的に「難しい」と聴衆にも演奏者にも敬遠されがちだが、「クラシックの名曲も当時は『現代曲』。私たちも同時代に作られた曲を演奏し、次の時代に伝えなければならないと思う」。

言葉なくても力

 広響の音楽総監督に就任して間もない17年の夏、「明子さんのピアノ」と対面する機会を得た。何げなくバッハの曲を弾き始めたが、すぐ鍵盤から両手を離した。歴史上の出来事だった原爆の惨劇が、指先を通じて現実の感覚として迫ってきた。「身が震える思いがした」

 鹿児島で過ごした少年時代の忘れられない記憶がある。「おじいさんが戦争に行ったときのだよ」。家族から祖父の名前が墨で書かれた「出征旗」を見せてもらい、衝撃を受けた。「旗は言葉を発しないが、手触りだけで強烈なメッセージがあった」。明子さんのピアノの音色も、教科書だけでは学べない戦争の現実感を子どもたちに伝える力があると確信する。

 明子さんは6歳からピアノを習い始め、日記には自宅や学校で受けたレッスンのことを書き残した。参加したオーケストラの集合写真には満面の笑みを浮かべ、同級生と合唱を楽しんだ。「ピアノが遺されたことで、私たちは明子さんを知ることができた。ハーモニカを吹いたり、ギターや三味線を弾いたりした人もいただろう」と、原爆で失われたいくつもの「日常」に思いをはせる。

広響の役割再考

 明子さんを通じ、広響の果たすべき役割についても再考したという。広響は07年から「Music for Peace(音楽で平和を)」を掲げ、近年は海外オーケストラとの交流に力を入れてきた。今後は世界に向けてだけでなく、「地元の平和教育の輪にも加わりたい。明子さんのように音楽を大好きになってもらえるよう、次世代の子どもたちに演奏をもっと届けなくては」。

 戦後復興期の市民の音楽への情熱が源となり、結成された広響。被爆地に根差した楽団を率いる使命感を胸に、ステージに上がる。(西村文)

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 「Akiko’s Piano」を奏でる「平和の夕べ」コンサートは広島文化学園HBGホール(中区)で5、6日、いずれも午後6時45分に開演。広響事務局☎082(532)3080。

しもの・たつや

 鹿児島県出身。2001年、フランス・ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝。読売日本交響楽団初代正指揮者などを経て、17年に広島交響楽団の音楽総監督に就任。

(2020年8月5日朝刊掲載)

平和を奏でる明子さんのピアノ 第3部 協奏曲に乗せて <上> ピアニスト 萩原麻未

平和を奏でる明子さんのピアノ 第3部 協奏曲に乗せて <下> 作曲家 藤倉大

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