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連載 被爆70年

[ヒロシマは問う 被爆70年] オバマの約束は今

 広島と長崎に米国が原爆を落として70年。危険きわまりない核兵器を手にした国は9カ国に上るが、中でも最強の保有国が米国である。大統領選で、大量の核兵器で脅し合った冷戦期の発想を終わらせると力を込めたオバマ大統領の公約は、むしろ後退している。米国の現実に目を凝らすと、その背景に「核の傘」を求める日本の影も浮かび上がってくる。(金崎由美)

抑止の戦略 日米一体化

■もう一つの背景 「核の傘」を求める日本に配慮

 オバマ政権の核政策で特筆すべきは、核兵器の近代化だけでないようだ。米国を歩くと、意外なほど「日本など『核の傘』を求める同盟国を心配させないよう配慮をしている」という評価が聞こえてきた。

 2009年5月、米議会の諮問機関「戦略態勢委員会」が報告書を発表した。元政府高官らが委員として名を連ねる重要文書。戦術核に関する指摘が注目を集めた。米軍が不要になったと判断した攻撃原子力潜水艦の巡航ミサイル「核トマホーク(TLAM/N)」の退役方針に、アジアの同盟国の一部は非常に憂慮するだろう―。

 「日本のことだ」と、モートン・ハルペリン氏(76)がホワイトハウスから程近いビルの一室で証言してくれた。沖縄返還交渉にも深く関わった、クリントン政権時の大統領特別顧問である。

 「米国がどんな場合に、どう核兵器を使う方針でいるのか、実は日本はほとんど知らされてこなかった。だから小さな変更でも『核の傘が弱体化する』と疑心暗鬼になる」。日米間の意思疎通に問題意識を持ってきたという。「日本が不安感から独自の核武装を目指すかもしれない、という警戒はわれわれの間にある」

 報告書は、日本を名指しし「核政策をより緊密に協議すべきだ」と提唱した。翌10年2月、日米両政府は「核の傘」を含む抑止力の在り方を話し合う「日米拡大抑止協議(EDD)」を初めて開催した。米国は国務省と国防総省、日本は外務・防衛両省の幹部が出席。その後も定期開催している。「私の意見が報告書に記され、現実の政策にもなった」とハルペリン氏は満足する。

 同年4月には、オバマ政権は核戦略指針を記した議会向けの基本文書「核体制の見直し(NPR)」を発表。核トマホークの退役方針が明記された。「核の傘」を提供している日本など同盟国に、米国の意図を事前説明した結果だ。

 オバマ政権で密になり始めた、核をめぐる日米間の情報共有。皮肉にも、通常戦力だけでなく、米核戦略においても前例なき「日米一体化」へと踏み出しているようにみえる。

ブラッド・ロバーツ前国防次官補代理

攻撃原潜に替え空から誇示

 「核の傘」の現在はどうなっているのか、2010年に核体制の見直し(NPR)策定を担ったブラッド・ロバーツ前国防次官補代理に聞いた。

 さらに加速する中国の軍備の近代化。北朝鮮の核とミサイル開発―。東アジアの安全保障環境が変化し続ける中、同盟国に提供する米国の抑止力を高めることが新たな課題だ。手段はもっぱら「核の傘」だと思われがちだが、そうではない。核兵器の保持は、非常に限定された事態への備えといえる。

 核一辺倒ではない「傘」は、日米の軍事力のさらなる一体化と裏腹でもある。

 核兵器に特有の抑止機能は、確実に保つ。同時に、使用の敷居が低い通常兵器、ミサイル防衛などによって全体としての拡大抑止力をより強固にする。非核分野では同盟国にも役割を担ってもらうのが米国の方針だ。

 オバマ政権はこれまでになく同盟国との協議を重んじていると強調する。

 NPRの策定に取り組んだ約16カ月間、われわれは約30カ国と計70回の協議を行った。海軍の核トマホークの退役方針についても、日本をはじめとする同盟国に丁寧に説明した。

 必要となれば、核爆弾を搭載可能な(F15などの)戦闘爆撃機や(B2などの)長距離爆撃機をグアムなど世界のどこにでも前方展開できる。潜水艦より見えやすい分、敵に脅威を誇示できるし、米国の決意を同盟国に視覚的に示せる。だから核・非核両用機(DCA)を保持し、能力を近代化させると説明した。日本はこの方針を支持した。

 「核の傘」を含めた抑止力について議論する「日米拡大抑止協議」(EDD)も担当した。

 私の理解では、米国が核兵器について日本に語ったことは全然ないも同然だった。われわれは、日本政府に対して核政策の透明性を高めるべきだと考えた。念頭にあったのは、(核政策を共有する)北大西洋条約機構(NATO)。核抑止力を含む米国の軍事能力について、日本が生の情報を得る機会を提供するのだ。まさにNATOのような協議プロセスができた。

 日本政府の担当者を核兵器が運用されている基地に招くなどしている。日本の関心に沿った現状説明もする。例えば(世界のあらゆる場所を1時間以内に通常兵器で攻撃することを目指す)「通常型即応グローバルストライク」計画の進展などだ。

 変化する安全保障環境を踏まえながら抑止力をどう高めるべきか。危機の際に北朝鮮が取り得る行動は。核抑止力が直接関わってくる事態とは、どんな場合か…。問題意識を共有し、一緒に考えることが同盟関係を緊密にする。

 米国生まれ。米国防分析研究所の研究員などを経て09年4月~13年3月、国防次官補代理(核・ミサイル防衛政策担当)。14年12月までスタンフォード大顧問教授。

核戦略専門家ハンス・クリステンセン氏に聞く

軍拡止めるには日本の意思表示が欠かせない

 核戦略専門家のハンス・クリステンセン氏は、21世紀の核軍拡を食い止めるには日本からの声が必要だと強調している。

 ―オバマ政権の6年間をどう評価していますか。
 間違いなく、後世に「ディスアーマー(核軍縮をした人)」ではなく「モダナイザー(核戦力を近代化した人)」として語り継がれるだろう。期待外れだ。

 核軍縮でいえば、成果はロシアとの核軍縮条約(新START)が精いっぱい。いまや米国はお金を積まれても地下核実験はしないのに、包括的核実験禁止条約(CTBT)の上院批准もみえてこない。

 妥協せざるを得ないのも確かだ。特に民主党の大統領は「強い米国」を体現するよう圧力をかけられる。しかもオバマ大統領と議会の対立関係は壮絶だ。

 ―核兵器の役割も減らすという公約はどうなっていますか。
 核兵器を「敵からの核攻撃だけでなく、通常兵器による攻撃を抑止するのにも重宝だ」などと定義する限り、数は大胆に減らせない。「役割」の限定が鍵となる。しかし2013年6月に国防総省が出した核戦力の運用指針は、米ソ冷戦期の伝統的な核計画を基本的には温存した。

中止させるなら今

 ―核兵器予算を増やす傾向も相変わらずですか。
 今月上旬に出された16年会計年度の予算要求をみれば、さらに鮮明だ。だが、米国では予算編成権が行政府ではなく議会にあるため、この通りになるわけではない。財政再建のため連邦政府の歳出が「強制削減」されている最近の現状からも、議会の出方が問われる。

 ―被爆地から注目すべき項目はありますか。
 多くあるが、一つ挙げるなら次世代の長距離爆撃機に搭載する空軍の巡航ミサイル(LRSO)計画だろう。議会が3年連続で予算を削ったが、オバマ政権は前年度実績の10倍となる3600万ドル(約43億円)を提案した。まだ多額ではないが、オバマ政権の意思は読み取れる。

 LRSOは設計などの研究段階だ。併せて既存の核弾頭W80―1を改良するのも、これから。開発中止に追い込むなら今しかない。20年代には手遅れになるだろう。

 ―核弾頭と合わせ300億ドル(3兆5700億円)もかかりそうだと聞きました。
 米核戦力の構成からみれば、屋上屋としか思えない。だが私と話した空軍幹部は「切れ目のない守りのためだ」と世界地図の北東アジア部分を指さした。日本と韓国だ。米国には「日本核武装論」まで持ち出しながら、予算獲得のてこにする利害関係者がいる。

密室協議に危うさ

 ―被爆地と日本政府の考えはずれがあります。どちらの声が米政権に届いているのかが気になります。
 その意味で日米拡大抑止協議(EDD)には懸念している。米国の核戦略についてどこまで情報共有しているのか。日本はどんな意思を伝えているのか。情報がほとんど漏れてこない。

 政策の決定過程は可能な限り透明性が確保され、検証されるべきだ。いわゆる「日米核密約」から得た教訓は、両政府の一握りの官僚が密室協議することの危うさだ。歴史から学ばなければならない。

 簡単ではないが、目の前の問題に注目し、芽を摘む努力が大切だ。核兵器廃絶というゴールだけを見ても達成は難しい。広島で思われている以上に、日本からの意思表示が米国の核政策に影響を与えていることも知ってもらいたい。

 61年、デンマーク生まれ。国際環境保護団体グリーンピースなどを経て現在、全米科学者連盟で「核情報プロジェクト」を担当。核戦力研究の第一人者。情報公開請求や独自の調査を駆使してまとめた各国の核兵器保有数や核戦力構成に関するデータはストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の年鑑などに掲載され、世界中で引用されている。

■オバマ大統領と米国の核政策をめぐる動き

2007年 1月 米国の政府高官経験者たち4人が米紙に寄稿文「核兵器
         のない世界」を寄せる
     10月 民主党予備選を控えたオバマ氏がシカゴのデュポール大で演
         説し「核兵器なき世界」への決意を表明
  08年11月 大統領に選出される
  09年 1月 大統領に就任
      4月 プラハで演説し「米国は核兵器なき世界の平和と安全保障
         を追求する」と宣言
      9月 国連安全保障理事会の首脳級特別会合で議長を務め、「核兵
         器なき世界」を唱える安保理決議を採択
     12月 後継条約の調印に至らないまま米ロの核軍縮条約(STAR
         T1)が期限切れし失効▽ノーベル平和賞受賞
  10年 4月 政権の核政策の方針を示した「核体制の見直し(NPR)」
         を策定。「核兵器の数と役割を減らす」としながらも、大胆
         な策には踏み込まず▽米露がSTART1の後継条約(新S
         TART)に調印
      9月 政権初の臨界前核実験
     12月 米上院が新STARTを批准
  12年11月 オバマ氏が大統領再選
  13年 6月 ベルリンで演説し、新STARTに基づき1550発まで減
         らす配備済み戦略核弾頭を、さらに最大3分の1減らし、千
         発水準にする用意があると発表▽国防総省がオバマ大統領が
         示した新たな核戦力運用指針の概要を発表。「核兵器なき世
         界」を目指すと同時に、核抑止力の維持も強調

オバマ大統領プラハ演説の骨子

◆核兵器保有国として、核兵器を使用した唯一の国として米国には道義的な責任
 がある。
 独力で成功できないとしても努力の主導はできる

◆米国は核兵器なき世界の平和と安全保障を追求することを宣言する

◆ゴールにはすぐにはたどり着けないだろう。おそらく、わたしが生きている間
 ではない

◆冷戦思考に終止符を打つため、国家安全保障戦略における核兵器への依存度を
 下げる

◆核兵器が存在する限り、安全・効果的な兵器を維持して敵に対する抑止力を保
 ち、同盟国の防衛も保証する

◆4年以内に世界中の核物質の安全を確保するため新たな国際的な努力を表明す
 る

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「核の傘」
 日本など同盟国の安全を、米国が核兵器で保障するという概念。米国の核戦力でいつでも報復ができるようにしておくことにより、敵が同盟国を攻撃するのを思いとどまらせる。冷戦期はソ連と中国、後に北朝鮮も敵と想定し、米国は日本に「核の傘」を提供してきた。核に限定せずに、通常兵器も含めた米国の軍事力全般で同盟国を守る概念を「拡大抑止」と呼ぶ。

北大西洋条約機構(NATO)と核兵器
 米国はNATO諸国にも「核の傘」を提供している。戦略核に加え、戦術核500発のうちベルギーとオランダ、ドイツ、イタリア、トルコのために核爆弾計200発を各国に配備。ソ連の侵攻に備えた名残で、トルコ以外の4カ国は有事に各国の空軍機が使う想定になっており「核共有」と呼ばれる。核共有は、核兵器を譲り渡さない義務を定めた核拡散防止条約(NPT)に違反すると批判されている。

 NATOは1966年に「核計画グループ」を設置。核戦力の独立性を重視するフランスを除いた加盟27カ国が定期的に集まり、NATO核戦力の配備や使用方針を合議している。

核弾頭延命 遠のく廃絶

■カンザスシティー 兵器で潤うまち「許されぬ」

 正門に「ナショナル・セキュリティー(安全保障)・キャンパス」とある。緑豊かな大学を思わせるネーミング。敷地の外周に沿って遊歩道が延びる。

老朽化で新築移転

 米中西部ミズーリ州、ジャズが盛んなことで知られる人口45万の都市カンザスシティーの郊外に、米国の核弾頭の維持や管理を担う施設が立つ。戦略原子力潜水艦から発射する弾道ミサイルの核弾頭「W76」などを扱っており、内部の経年劣化する部品を入れ替えている。核弾頭の現役期間はさらに数十年間延びる。

 1940年代から稼働していた既存施設を、老朽化したとして昨年8月に新築移転させた。多国籍企業ハネウェル社が運営を受託し、報道発表によると東京ドームの3倍ほどの敷地に約2700人が働く。

 地元の平和活動家アン・サレントロップさんは「大量破壊兵器で地元が潤うほど、世界は核兵器廃絶から遠ざかる。倫理的にも許されない」と憤る。建設中から、平和団体の仲間や地元弁護士らと非暴力の抗議行動を繰り返した。敷地に足を踏み入れたとして延べ120人が逮捕されたが、それでも、前任のブッシュ政権で決まっていた計画を阻止することはできなかった。

 総合病院の新生児室で看護師として働き、新たな命と接する毎日。熱心なカトリック教徒だ。「無差別に大量殺りくする核兵器こそ、命の大切さや平和を説く神の教えと相いれない」と信じる。毎年8月6日前後には、市中心部の公園に仲間と集い、市民が憩う池に灯籠を浮かべる。被爆地に思いをはせ、核兵器の残虐性を訴え続ける意思を新たにするという。

「平和賞何だった」

 チェコ・プラハでオバマ大統領が歴史的な演説をしたのは2009年4月だった。

 「広島もそうだろうが、われわれも期待した。ノーベル平和賞まで受賞したのは何だったのか」。ニューメキシコ州サンタフェで、反核団体のスコット・コバックさん(58)がため息をついた。原爆開発の拠点となったロスアラモス国立研究所は、車で1時間ほどだ。

 同州南部にある放射性廃棄物の地層処分場(WIPP)で昨年2月、ロスアラモスから持ち込まれたドラム缶が内容物の化学反応により破裂した。作業員が被曝(ひばく)し、大気中に放射性物質が漏れ出した。以来、施設は閉鎖されたままだ。国民の健康と環境をどれだけ犠牲にしながら自国の核兵器が維持されているかを、またもや痛感させられた。

 「見方を変えれば、オバマ大統領でも米国は変わらなかった。次に期待できるかというと、むしろ逆だ」とコバックさん。もどかしさばかりが募る。

■米政策の現状 膨らむ計画 10年で41兆円余

 「核兵器の数を減らす。役割も限定する」と訴えて大統領に就任したオバマ氏。前任のブッシュ大統領が新型核弾頭の開発に乗り出そうとしたり、国際的な核不拡散体制に非協力的だったりしたこともあり、対照的なイメージを米国内外に植え付けた。

 だが「核政策に関する決定は、両政権でそれほど違っていない」とジョン・ウォルフサル氏(48)は率直に語る。オバマ政権1期目のバイデン副大統領補佐官。昨年12月に国家安全保障会議(NSC)の軍備管理・不拡散担当の上級部長として再びホワイトハウス入りする前、ワシントンで取材に応じた。

 「ブッシュ政権はイラク戦争の膨大な戦費調達を優先し、核兵器産業に回す金を抑制した。オバマ政権になり、取り戻すかのように歳出が膨らみ続けている」

 冷戦期からある核弾頭に改修を施す「寿命延長計画(LEP)」、核弾頭を付けて飛ばすミサイルの開発や、退役が近くなった戦略原子力潜水艦などの総入れ替え―。核兵器システムを全面的に近代化させる計画がめじろ押しだからだ。カンザスシティーのようなインフラの刷新も例外ではない。

 議会予算局が1月に発表した報告書によると、国防総省やエネルギー省が掲げている計画を実行すれば、2015会計年度から10年間で計3480億ドル(41兆4120億円)が必要になる見通しだ。議会向けの別の報告書は、戦略核の維持に今後30年間で1兆ドル(119兆円)の歳出を見積もる。

 そもそも核兵器を持つことをやめれば、維持費はかからないはず。しかし、プラハ演説のうち「核兵器が存在する限り、敵に対する抑止力を保ち、同盟国の防衛も保証する」という部分ばかりが着実に実行されているようにも見える。

 「冷戦期からある核兵器の安全性や信頼性を維持する努力は不可欠だ」。ブッシュ政権で02年から5年間、国家核安全保障局(NNSA)のトップだったリントン・ブルックス氏(76)は主張する。「信頼性のある代替核弾頭(RRW)」という新型核弾頭の開発計画を主導したが、議会の反対に遭い挫折した。

 「『核兵器なき世界』の追求は、通常兵器による戦争を誘発して世界を危険にする」と断言する一方、オバマ大統領を評価もしている。「LEPの実態は、RRWと通じるものがある。私は政治的に失敗したが、オバマ政権で受け継がれているようなものだ」

 オバマ大統領はしかし新型核弾頭の開発はしないと明言している。そこを問うと「クラシックカーを考えてごらん。部品やタイヤを新品にしてもクラシックカーだ」。そう返した。

 世界の核軍拡競争は、核弾頭や運搬装置の「量」から、技術を駆使した「質」の競争へとシフトしている。ロシアや中国も核兵器の近代化を志向し、北朝鮮は弾頭の小型化とミサイル開発を進める。とはいえ米国の圧倒的優位は揺るがない。核拡散防止条約(NPT)の定める核軍縮義務が空文に思えてくる。

■後退の背景 「戦力低下」と抵抗 露との軍縮交渉停滞

 膨張する予算。減らない核兵器。オバマ政権に携わった人たちや核軍縮・核不拡散の専門家は、現状をどう見るのだろうか―。

 「ロシアとの新たな核軍縮条約がオバマ大統領のつまずきの引き金になったことは確かだ」。ワシントンにある軍備管理協会のダリル・キンボール会長(50)は、そう表現した。

 2009年に前身のSTART1が失効。ロシアの核保有を野放しにしないため、後継条約は政権の最重要課題だった。しかし、条約発効には上院の3分の2の賛成票が必要。「米国の核戦力が弱体化する」と主張する議会保守派は、核兵器予算の強化を政権方針とするよう迫ったからだ。「国内事情を考えれば、全ての期待をオバマ大統領に寄せるのは無理がある」

 「核兵器なき世界」という発想自体、核兵器の維持に関係する政官財の人たちに快く思われていない。

 核不拡散政策の専門家ジェームズ・ドイル氏(56)は、ロスアラモス国立研究所に勤めていた2年前、英国の著名な安全保障専門誌に「核兵器なき世界」を目指すことが安全保障にかなうとする論文を寄稿。「核抑止力は過大評価されてきた『神話』だ」と説いた。発表から数日後、内部審査を通っていたのに上司から「機密を漏えいした」と言われ、後に解雇された。

 ただ論文は今もインターネットで読むことができる。核兵器廃絶を求める内容が議会関係者の怒りを買い、研究所は過剰反応したという見方がある。

 オバマ大統領の肝いりで開いた核安全保障サミットを仕切ったホワイトハウスのゲイリー・セイモア前調整官(61)は、内憂外患でもあるという。プラハ演説の柱だった「世界の脆弱(ぜいじゃく)な管理下にある核物質を4年以内に保全する」多国間協力には一定の手応えを感じているが、「核軍縮は限界がある」と語る。「ロシアのプーチン大統領は核軍縮に後ろ向きだ。ウクライナ問題をめぐり米ロ関係が冷え切っている今、さらなる核軍縮交渉は当面進みそうにない」と悲観的だ。

 任期が2年を切ったオバマ大統領。後世に語り継がれる「レガシー(遺産)」を残すべく、対立していたキューバとの国交回復へかじを切った。被爆地には、プラハ演説という原点に立ち返り、広島で決意を新たにすることを求める声も根強い。

 5年前、当時の秋葉忠利広島市長が全米市長会議の一行とともにホワイトハウスでオバマ大統領と面会した際、バイデン副大統領補佐官として同席したジョン・ウォルフサル氏。「広島からの訪問要請を大統領は明らかに意識している」という。「ただ実行に移すのは、あくまで米国の利益に合致すると判断した場合だろう」

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戦略核と戦術核
 戦略核は、大陸間弾道ミサイル(ICBM)などに核弾頭を載せた射程の長い核兵器。米国内の地下基地に置くICBMと潜水艦から発射する弾道ミサイル、長距離爆撃機とそれらに搭載する核弾頭は、ロシアとの核軍縮条約(新START)で配備数の上限を決めている。

 一方、戦術核は戦争現場での使用を前提に造られ、射程が短い。米国は核爆弾約500発を保有。ロシアは2千発も持っているとみられるが、戦術核は軍縮交渉に至っていない。

米国の核兵器の管理
 米エネルギー省が核弾頭を冷戦期に大量に製造開発し、現在、外局の国家核安全保障局(NNSA)が「備蓄核管理計画」として維持を担当。核弾頭を設計開発してきた国立研究所なども管轄する。

 国防総省は、主に核弾頭を飛ばす兵器の開発や運用をしている。ICBM、戦略原潜と弾道ミサイル、長距離爆撃機は戦略核の運搬装置の3本柱と呼ばれる。維持や更新に多額のコストが必要なため、大胆な削減やICBMの廃止を求める意見もあるが、オバマ政権は維持を決めている。

(2015年2月14日朝刊掲載)