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連載 被爆70年

伝えるヒロシマ 「夏の花」の原点 手帳を寄託 原民喜の遺族が原爆資料館に

 広島市出身の被爆作家、原民喜(1905~51年)が、小説「夏の花」の下敷きにした原爆被災時の手帳が18日、中区の原爆資料館に遺族から寄託された。

 この手帳は、広島文学資料保全の会が、他の被爆作家2人の直筆資料とともに国連教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産への登録を目指している。登録には、一般への公開性や管理体制も考慮されるため、遺族が協力を決めたという。

 自宅で他の2冊と一緒に保管していた、民喜のおいの原時彦さん(80)=西区=がこの日、同館を訪れ、志賀賢治館長に手渡した。手帳を携え被爆地を案内してきた原さんは「核の時代に疑問符を投げ掛け、世界の人々に原爆の悲惨さを発信してほしい」と話した。

 民喜は戦前から作家として活躍。被爆時は、幟町(現中区)の生家にいて無事だった。「8月6日8時半頃 突如空襲 一瞬ニシテ 全市街崩壊」で始まる手帳の記述は、避難した広島東照宮(東区)で翌日、逃げる時に目撃した光景を思い出しながら鉛筆で克明に記録していた。

 また後日、「コハ今後生キノビテコノ有様ヲツタへヨト天ノ命ナランカ」と記し、文学者としての使命感をにじませている。

 志賀館長は「原民喜の天命も引き受けたと感じている」と述べ、特別展などでの公開を検討するとした。(石井雄一)

(2015年2月19日朝刊掲載)