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連載 被爆70年

[ヒロシマは問う 被爆70年] 被爆国の岐路

 戦後日本の安全保障政策を大転換し、核超大国・米国との同盟強化へと突き進む安倍政権。「核の傘」をいっそう握りしめ、唯一の戦争被爆国はどこへ向かおうとしているのか。約190カ国が核軍縮などを議論した核拡散防止条約(NPT)再検討会議の場でも、日本はその存在感を示すことができなかった。(藤村潤平、田中美千子、城戸収、金崎由美)

「核の傘」 すがる日本

日米ガイドライン再改定 同盟強化 軍縮置き去り

 「被爆地の思いを胸に、この会議で、核兵器のない世界に向けた取り組みを前進させる決意だ」。米ニューヨークで核拡散防止条約(NPT)再検討会議が開幕した4月27日、岸田文雄外相は一般討論演説で高らかに宣言した。

 被爆70年という節目の会議。日本の外相として10年ぶりの出席。しかも、岸田氏は被爆地広島の選出―。傍聴した被爆者や非政府組織(NGO)関係者は、日本政府が一歩踏み込んだリーダーシップを示すことに期待を抱いていた。

 しかし、岸田外相が各国に呼び掛けた提案は、核戦力の透明性の確保など、日本が以前から訴えてきた「現実的かつ実践的な取り組み」。具体的な道筋が見えない内容に、被爆者たちや核軍縮に熱心な国々の間には失望や不満が渦巻いた。

■先頭に立てぬ理由

 人類史上唯一の戦争被爆国である日本が、なぜ核兵器廃絶の先頭に立てずにいるのか。核超大国・米国が同盟によって差し出す「核の傘」。それが日本の防衛に欠かせないとの考えが、政府内に強く、深く、根を張るからだ。

 象徴的な出来事が、岸田外相の演説の3時間前に同じニューヨーク市内であった。同市を代表する高級ホテル、ウォルドルフ・アストリア。数々の国際政治の舞台となってきた場所である。  日米両政府は同日、外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)を開催。日米防衛協力の指針(ガイドライン)を18年ぶりに再改定した。

 改定後の共同記者会見に臨んだ岸田外相は「新ガイドラインの下で、日米同盟の抑止力、対処力の一層の強化に努める」と力を込めた。同席した中谷元・防衛相、ケリー国務長官、カーター国防長官とともに、にこやかに記念撮影に納まった。

 自衛隊と米軍の役割を定めたガイドラインは、今回の改定で、平時から有事まで切れ目のない日米連携を盛り込んだ。同時に、米国が「核戦力を含むあらゆる種類の能力」で日本を守るとも明記している。米国が差し出す「核の傘」の重大な位置づけとなっている。

 核の傘については、最初に作成した1978年や改定前の97年のガイドラインでも、日本の防衛のために「米国は核抑止力を保持する」と記述された。外務省の河辺賢裕・日米安全保障条約課長は、今回の改定交渉で「核抑止が特に焦点になったとか、強調されたことはなかった」と説明。新ガイドラインでの位置づけでも「ドラマチックな変化はない」とする。

 ただ、日米同盟を長年見詰めてきた関係者の見方は少し異なる。外務省でアメリカ局安全保障課長や北米局長を歴任した佐藤行雄・元国連大使(75)は「やっとここまで来たかとの思いだ」と感慨を込める。「日本が自らの軍事的役割を果たしてこそ、米国の抑止力を引き付けられる」。核兵器保有国の中国や北朝鮮の脅威を視野に、そう再改定の意義を強調する。

■原爆投下に触れず

 ガイドラインの再改定を果たした翌28日、安倍晋三首相はホワイトハウスでオバマ米大統領と首脳会談に臨んだ。会談に際し、両首脳はNPTに関する共同声明を発表。「核兵器のない世界の平和と安全の追求へのコミットメント(責任)を再確認する」とうたった。だが、同席した関係者は、核軍縮・不拡散は「特段議論されなかった」と証言する。

 そして29日、日本の首相として初めて米議会の上下両院合同会議で演説した安倍首相。45分間の演説では、日米関係を振り返りながら、太平洋戦争の史実に触れた。真珠湾攻撃や、フィリピンで投降した米兵が過酷な環境下で連行された「バターン死の行進」に言及する一方、広島、長崎への原爆投下に触れることは最後までなかった。

 演説は「希望の同盟。一緒でなら、きっとできる」と締めくくられた。議場は万雷の拍手に包まれた。しかし、その「希望」に、日米両国が共有しているはずの「核兵器のない世界の実現」が含まれていないことは、もはや明白だった。

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首相、安保大転換に突き進む

 ホワイトハウスでの日米首脳会談から2週間余りたった5月14日、安全保障関連法案は閣議決定された。「子どもたちに平和な日本を引き継ぐため、自信を持って前に進もうではありませんか」。日米同盟の強化で平和国家を継承できる。安倍晋三首相は同日の記者会見でそう強調した。

 安倍首相が目指す日米同盟強化の要である同法案。成立すれば、核抑止力の保持も含めた米国との防衛協力に、日本はいっそう深入りする。歴代政権が禁じてきた集団的自衛権行使の法的根拠となり、戦後の安保政策は大転換する。それは首相の悲願ともいえる。

 「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げた第1次安倍政権は、2007年の参院選惨敗でつまずいた。だが、12年の第2次政権発足後は、国会での「自民1強」を背景に集団的自衛権の行使容認に突き進んできた。

 「日本を取り巻く世界情勢は厳しさを増している。わが国だけでは、わが国の安全を守ることはできない」。行使容認を目指す理由について、安倍首相はそう繰り返す。念頭にあるのは海洋進出を強める中国だ。

 安保関連法案が成立すれば、日本が攻撃を受けていなくても、自衛隊は海外での戦争に参加可能になる。「日米安保条約改定時にも戦争に巻き込まれるとの批判が噴出した。全く的外れだったことは歴史が証明している」。記者会見で、安倍首相は法案に対する批判に強い口調で反論した。

 持ち出した1960年の日米安保条約改定は、安倍首相が強く意識する祖父、故岸信介首相が手掛けた。

 51年に調印された旧安保条約は、日本に基地提供の義務を課しながら、米側に日本防衛の義務がなかった。改定で米国の日本防衛義務を盛り込んだのが岸氏だ。米ソ冷戦下、祖父が再構築した日米同盟を、安倍首相は「国際協調主義に基づく積極的平和主義」を掲げて深化させることを狙う。

 「もう論点は出尽くしたんじゃないか」。国会で始まったばかりの安保関連法案の本格審議に、政府高官は余裕すら漂わせる。今国会の会期延長を前提に、8月の成立という青写真を描く。米議会での演説で安倍首相が「約束」しているシナリオだ。

 日本は世界の平和と安定のため、これまで以上に責任を果たす―。安倍首相が繰り返し、「日本の将来を導く旗印」とまで言い切る積極的平和主義。ただ、その「平和」の2文字は、被爆地が一貫して訴え、望んできたものとは異質にみえる。

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明治学院大国際平和研究所 高原孝生所長に聞く

抑止力の向上は幻想 自縄自縛せず主張を

 米国の「核の傘」に守られながら、唯一の戦争被爆国として核兵器のない世界を訴える日本。相反する立場をどうしていくべきか。戦後日本の国際関係に詳しい明治学院大国際平和研究所の高原孝生所長に聞いた。

 ―安倍晋三首相は今回の訪米で、日米同盟の強化を強調しました。どうみますか。
 同盟強化の実態は、ミサイル防衛などで日本を組み込むという米国の世界戦略に安倍政権が乗ったということだ。国会で審議している安全保障関連法案が成立すれば、「一体的運用」の名目の下で日本が自衛隊を主体的に運用しにくくなる可能性がある。

 ―政府は「抑止力が高まる」と説明していますね。
 それは幻想だ。米国による「核の傘」は、同盟国を守るためではなく、コントロールするための手段だとの認識を持つべきだ。日本の場合でいえば、中国の原爆実験を受けた日本の核武装化が進まないようにする目的もあった。

 核の傘を差し掛けるという米国からの「恩恵」に、日本は対価を払っている。日米同盟にまつわるさまざまなコストが実態に見合うものかどうか、もっと真剣に考える必要がある。

 ―首相の訪米と同時期に開幕した核拡散防止条約(NPT)再検討会議は、最終文書で合意できませんでした。日本政府がやるべきことは。
 日米は同盟強化をうたい、NPTに関する共同声明を出した。だからこそ米国にパートナーとして、最終文書案への合意を促すべきだった。そういう態度を示せば、もっと日本として独自の存在感を発揮できたはずだ。

 ただ最終文書はまとまらなかったが、加盟国の間では核軍縮で一定の合意があった。核兵器禁止条約などの文言が削除されたことで「手ぬるい」との批判もあるだろうが、多国間交渉では少しずつでも合意を重ねることが大切だ。日本などが主張した「現実的かつ実践的な取り組み」が基になっている部分もある。米国をはじめ核兵器保有国に実行を迫るべきだ。

 ―核の傘で守られている日本が、核兵器廃絶に向けてリーダーシップを発揮できるのでしょうか。
 自縄自縛する必要はない。核の傘を差し掛けられていようが、核兵器は絶対に使っては困ると訴えればいい。北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、核の傘の下にいるノルウェーは核軍縮に熱心に取り組んできた。

 日本もこれまで包括的核実験禁止条約(CTBT)を各国に批准させようと努力してきたし、国連総会でも21年連続で核兵器廃絶決議を主導してきた。外務省は、その誇りをもっと持っていい。国民もその姿勢は評価し、応援していけばいい。

たかはら・たかお
 54年神戸市生まれ。東京大法学部卒。同大助手、立教大助手などを経て、97年に明治学院大教授。14年から現職。日本平和学会などに所属する。専門は国際政治学、平和研究。

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安全保障関連法案
 自衛隊法、武力攻撃事態法、周辺事態法、国連平和維持活動(PKO)協力法などの改正10法案を一括した「平和安全法制整備法案」と、国際紛争に対処する他国軍の後方支援を随時可能とする新法「国際平和支援法案」の計2本で構成する。自衛隊の海外活動拡大を図り、歴代政権が憲法9条下で禁じてきた集団的自衛権行使を可能としている。

日米防衛協力指針(ガイドライン)
 冷戦時代の1978年に、旧ソ連の侵攻に備えて策定した自衛隊と米軍の協力や役割分担を定めた政府間文書。97年に朝鮮半島有事を重視した内容に改めた。その後、中国の軍拡や北朝鮮の核・ミサイル開発など安全保障環境の変化を踏まえ、日本が再改定を打診。2013年10月の外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)で、改定作業の着手に合意した。再改定では、役割分担を確実に機能させるため、事前調整の場となる協議機関の常設化などを打ち出した。

禁止条約 世界の潮流

NPT再検討会議 廃絶へ「存在感示せぬ」

 にぎやかな雰囲気が一変した。4月27日、核拡散防止条約(NPT)再検討会議の開幕に合わせ、米ニューヨークの国連本部のロビーであった原爆展の開会式。和太鼓演奏に続き、被爆者たちが次々とあいさつに立った。そこでぶちまけたのは、日本政府に対する批判だった。

■「信頼を取り戻せ」

 「一貫性のない被爆国の核政策に不満と危機感がある」。広島で被爆したカナダ・トロント市のサーロー節子さん(83)の口調は特に厳しい。来賓席で硬い表情を見せた日本の佐野利男軍縮大使を前に、なおも続けた。「被爆者や国民、核なき世界を追求する国々の信頼を取り戻すべきだ」。同盟国の米国が差し出す「核の傘」にしがみつく日本のような国こそ核兵器廃絶を阻んでいる、という問題意識である。

 再検討会議の公式行事NGOセッションでも、同様の光景が繰り返された。日本被団協の田中熙巳(てるみ)事務局長(83)は、5月1日、各国政府代表を前に演説。「核保有国と同盟国は、核抑止力に頼る安全保障政策を直ちに転換すべきだ」と訴えた。同盟国とは、ほかでもない日本のことだ。

 再検討会議で注目されたのは、核兵器廃絶に向けた今後の行動などを盛り込んだ最終文書案を全会一致で採択できるかどうかだった。結局は核軍縮とは別の問題をめぐる意見対立が深まり、決裂に終わった。

 4週間という長丁場の交渉で何度も書き換えられた末、採択されなかった妥協の産物。とはいえ、決して紙くずではない。

 今回会議で、オーストリア、アイルランドなど「人道グループ」と呼ばれる国々が核兵器保有国と粘り強く交渉した。最終文書案に、法的規制を含む核軍縮の「効果的な措置」を検討するよう勧告する記述が残った。回りくどい表現だが、核兵器が非人道的であるがゆえに、新たな条約を実現させて核兵器を法的に禁止すべきだという意図がにじむ。

■主張は保有国寄り

 さらに田中さんらの訴えと重なる記述があった。全ての国が今後5年間で自国の軍事・安全保障政策を見直し、核兵器の役割や意義を減ずるよう求めたくだりである。

 全ての国―。核兵器保有国だけではない。

 文案は当初、「自国の安全保障ドクトリンから核兵器を取り除いていない全ての国」に対して、核兵器の先制使用を想定した概念や政策を「2020年までに放棄するよう奨励する」と踏み込んでいた。密室の協議で表現はあいまいになっていったとはいえ、核抑止力に頼る非保有国に安保政策の見直しを迫る声が確実に強まっていることを示している。

 日本はしかし、従来通り「段階的な核軍縮こそがとるべき道」との主張を重ね、保有国寄りの立場を印象付けた。

 再検討会議の決裂後に杉山晋輔外務審議官が記者会見し、「NPT体制に悪影響が出ないよう引き続き、主導的役割を果たす」と誓った。今夏、広島で相次ぎ開かれる国連軍縮会議と包括的核実験禁止条約(CTBT)賢人グループ会合を通し、「非人道性の認識の共有などに努める」とも述べた。

 「すでに国際的な潮流は核兵器の『非人道性の認識』の次へと進んでいる」。長崎大核兵器廃絶研究センター(長崎市)の中村桂子准教授の指摘だ。「日本が安全保障政策を変えるのを待たず、核兵器禁止に向けて戦略的に動こうという国もある。今のままでは日本は核軍縮における存在感を示せない」

 本気になって核兵器廃絶を目指すなら、禁止条約は不可欠である。対人地雷、クラスター弾などの先例からも論をまたない。日本政府が被爆者と声を合わせ、米国の核兵器も含めて違法化するプロセスに加わるべき時は来ている。

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■NPT再検討会議最終文書案の一部(採択されず)

一、核兵器のいかなる使用も壊滅的な非人道的な結果をもたらすことに対する深い懸念が、核軍縮の努力を下支えし続ける鍵になると強調。核兵器が二度と使われないことが人類の安全にとって利益であると確認。

一、第2次世界大戦の惨劇から70年に当たり、核兵器の人道上の影響を知らせるため、影響を受けた人々や地域社会との交流、経験の共有を通じ、特に若い世代や次世代の人々の軍縮・不拡散教育を強化することを推奨。

一、(核兵器の)法的規制を含む核軍縮の効果的な措置を検討するため、国連総会(2015年9月から1年間)に作業部会を設置することを勧告。

一、関係する全ての国が、核兵器の役割や意義をさらに減らすことを視野に、軍事・安全保障概念、原則並びに政策を次回の再検討サイクルに向けて検討し続けることを要求。

一、核兵器の人道上の影響に関する3回の国際会議や、オーストリアが発表した「誓約」に留意。

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 ≪核拡散防止条約(NPT)をめぐる動き≫ NPTは、核軍縮、核不拡散、原子力の平和利用を3本柱とする多国間条約。米国、ロシアなど条約ができる前に核兵器を保有した5カ国にだけ保有を認めることから「不平等条約」という批判は強い。一方で保有国に核軍縮義務も課している。インド、パキスタン、イスラエルは非加盟。北朝鮮は2003年に2度目の脱退宣言をしている。

 5年に1回の再検討会議は、核兵器廃絶に向けた努力を点検する場。1970年の条約発効から45年を経た今も1万6千発の核兵器が世界に存在する中、非保有国の反発は毎回激しさを増している。とはいえ非保有国の中にも、域内に米軍の核爆弾を配備する北大西洋条約機構(NATO)の加盟国や日本など、米国の「核の傘」に安全保障を依存する国がある。

 核軍縮が進まない現状を踏まえ、NPTとは別に核兵器を法的に禁止する条約が必要だとする声が非保有国の間で強まっている。今回の再検討会議でも焦点となったが、日本は「時期尚早」との姿勢を崩していない。

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<日米同盟と「核の傘」をめぐる動き>

1945年 8月 米国が広島、長崎に原爆投下
  51年 9月 サンフランシスコ講和条約・日米安保条約調印
  60年 4月 岸信介首相が衆院特別委で「日本は核武装しない、核兵器の
         持ち込みを認めない」と答弁
      6月 改定日米安保条約が発効
  64年10月 中国が初の原爆実験
  65年 1月 佐藤栄作首相が日米首脳会談で「日本は核武装しない。米国
         が日本を守るとの確証を得たい」と発言。ジョンソン大統領
         は「保証する」
  68年 1月 佐藤首相が衆院本会議で非核三原則、核軍縮、核エネルギー
         の平和利用と合わせて「日米安全保障条約に基づくアメリカ
         の核抑止力に依存する」とする「核四政策」を表明
  70年 3月 核拡散防止条約(NPT)発効
  75年 8月 三木武夫首相とフォード米大統領が会談し、初めて核抑止の
         供与を文書化した共同新聞発表。「核兵力であれ通常兵力で
         あれ日本への武力攻撃があった場合、米国は日本を防衛す
         る」
  76年 6月 日本がNPTに加盟
     10月 「防衛計画の大綱」が初めて閣議決定され、「核の脅威に対
         しては、米国の核抑止力に依存する」と明記
  78年11月 日米防衛協力指針(ガイドライン)を発表。「米国は核抑止
         力を保持する」と明記
  89年12月 米ソ首脳会談で冷戦終結宣言
  93年 3月 北朝鮮がNPT脱退を表明。6月に取り下げ
  95年 5月 NPTの無期限延長が決定
  97年 9月 日米ガイドラインを改定。引き続き、米国による「核抑止力
         を保持」を明記
2002年10月 北朝鮮が核開発を認めたと米国が発表
  03年 1月 北朝鮮が再びNPT脱退を宣言
  05年 2月 北朝鮮が核兵器の製造・保有を宣言
  06年 9月 第1次安倍政権が発足
     10月 北朝鮮が核実験に成功したと発表
  07年 5月 日米安全保障協議委員会(2プラス2)の共同発表で「あら
         ゆる種類の米国の軍事力が拡大抑止の中核を形成し、日本の
         防衛に対する米国のコミットメントを裏付ける」と確認
  09年 4月 オバマ米大統領がプラハ演説で「核兵器なき世界」を提唱
      5月 北朝鮮が2度目の核実験
  10年 2月 核抑止力の運用などを話し合う「日米拡大抑止協議」を定例
         化
      4月 オバマ政権が核戦略指針を定めた「核体制の見直し(NP
         R)」発表。核兵器が存在する限り、同盟国のため核抑止力
         を維持すると表明
     12月 新たな「防衛計画の大綱」が閣議決定され、「現実に核兵器
         が存在する間は、核抑止力を中心とする米国の拡大抑止は不
         可欠であり、その信頼性の維持・強化のために米国と緊密に
         協力していく」と明記
  12年12月 第2次安倍政権が発足
  13年 2月 北朝鮮が3度目の核実験
     10月 日米2プラス2で、ガイドラインの再改定を合意
  14年 7月 集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定
  15年 4月 日米ガイドラインを再改定。平時から有事まで地球規模での
         自衛隊と米軍の連携で合意
      5月 政府が安全保障関連法案を国会に提出

(2015年6月6日朝刊掲載)