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原爆ルポ「ヒロシマ」に検閲 46年の米誌 「熱線」「雨」表現弱まる 開発責任者の指摘確認

 米国の雑誌「ニューヨーカー」が1946年8月31日号でジャーナリストのジョン・ハーシーによるルポ「ヒロシマ」を掲載するに当たり、事実上の事前検閲として原爆開発計画の責任者レスリー・グローブス陸軍中将に提出したゲラが残っていることが29日、分かった。「熱線」や「雨」に関する表現を弱めようとしたとみられる自筆の書き込みがある。(金崎由美)

 原爆報道の検閲を研究する神戸市外国語大の繁沢敦子准教授が、米国立公文書館(メリーランド州)でグローブス関係文書の中から見つけた。ゲラにグローブスの名前は記されていないが、ほかの文書と筆跡が一致するという。ゲラは8月14日付で、計62枚。書き込みは計9カ所ある。

 原爆さく裂後に発生した「火事嵐」の様子を述べた箇所は、火災の「熱風」で「竜巻」が生じたとしていた。グローブスは「根拠がない」と記述。出版時は「熱」「旋風」となった。日本語版の「ヒロシマ 増補版」(法政大学出版局)の50ページもそう訳している。

 「黒い雨」の描写とみられる段落には「本当なのか疑問」と書き込みがある。最終的に「湿気の凝集」という表現が入った。繁沢准教授は「英語の意味としては、放射性降下物を含んだ雨である可能性もある表現から後退した」と解釈する。

 一方、指摘後も文意が変わらなかった箇所も複数あった。広島市民が米国に恨みを抱いているとする一文に、グローブスは「個人的にこの考えは好きでない」と記したが、掲載誌は「抱き続けている」だった。

 「ヒロシマ」は、被爆の9カ月後に占領下の広島を取材し、被害者の苦しみを原爆投下国の市民に伝えた歴史的作品。75年前の8月29日に発売され大反響を呼んだ。日米双方で検閲をかいくぐり出版したとされるが、米ジャーナリストのレスリー・ブルーム氏は昨年、担当編集者の手紙などの収集資料から、編集部がグローブスにゲラを渡していたと著書で指摘していた。

米政府の姿勢示した新資料

広島市立大広島平和研究所のロバート・ジェイコブズ教授(歴史学)の話
 核兵器に関する米政府の戦後検閲の実態を伝える重要な新資料だ。「ヒロシマ」が検閲されていたという指摘はあったが、実際に確認できたことは大きい。原爆攻撃を巡る市民意識をコントロールしようとする姿勢も分かる。それは冷戦期を通して続いた。

(2021年8月30日朝刊掲載)

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