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社説・コラム

社説 岸田首相の所信表明 課題解決へ具体策欠く

 岸田文雄首相がきのう、初の所信表明演説に臨んだ。「今求められているのは、国民の切実な声を踏まえて政策を断行していくことだ」と強調し、喫緊の課題である新型コロナウイルス対応に万全を期すという。

 自民党総裁選でも掲げた「新しい資本主義」については、実現していこうと呼び掛けた。被爆地広島から選出された首相として「核兵器のない世界に向け全力を尽くす」とも誓った。

 聞こえの良さと裏腹に、物足りなさが募った。課題解決や目標達成への道筋が示されていないからだ。例えば核なき世界の目標では、米国など核兵器を持っている国と、持っていない国との橋渡しに努めるとの従来の方針を繰り返しただけだった。

 「唯一の戦争被爆国としての責務を果たす」と言うなら、なぜ今年1月に発効した核兵器禁止条約に触れないのだろう。来年春に初めて開かれる禁止条約締約国会議へのオブザーバー参加を打ち出すべきではなかったか。被爆地で高まっていた期待は、あっさり裏切られた。

 力を込めた「新しい資本主義」でも具体策を欠いた。今の新自由主義的な政策が富める者と富まざる者との深刻な分断を生んだのは、指摘する通りだろう。では、肝心の成長と分配の好循環はどうすれば可能か。柱は幾つか示されたが、策を練るのはこれからという状態だ。

 コロナ禍で傷んだ経済の再生と、財政健全化をどう両立させるのかも重くのしかかる。次世代へのツケ回しにならないような工夫が欠かせない。

 政策や政治姿勢で、安倍・菅政権との違いをどう示していくかも問われている。

 「新しい資本主義」に向かうまで、経済政策はアベノミクスを引き継ぐようだ。デフレ脱却を最大の目標と位置付け、「成し遂げる」と言い切った。大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の推進を挙げたが、アベノミクスの「3本の矢」の引き写しだ。9年近くも続けて、いまだにデフレの沼から抜け出せない。さらに続ける意味がどれほどあるのだろう。

 政治手法では、安倍・菅政権との違いを際立たせた。異論をはねのけず、国民との丁寧な対話を大切にするという。難しい課題に挑戦するには信頼と共感を得られる政治が必要だと考えているからだろう。「全閣僚が車座対話を積み重ね、ニーズに合った行政を進めているか、徹底的に点検させる」ことを内閣として取り組むそうだ。

 ならば、両政権がふたをしてきた「臭いもの」の放置は許されまい。例えば森友学園を巡る財務省の公文書改ざんである。自殺した職員の妻が、第三者による再調査を訴えている。尻込みしていたのでは、政治への信頼回復はおぼつかない。

 世論調査で、安倍・菅政権の路線を「転換すべきだ」との回答が7割に迫った。公文書改ざんは「再調査すべきだ」との意見が6割を超えた。こうした声にこそ、岸田氏は耳を傾けなければならない。

 週明けには、衆参両院の代表質問や、衆院解散があり、総選挙に突入する。有権者に選択肢を示すためにも、国会論戦を通し、所信表明で欠けていた具体策を示す必要がある。野党が求めている予算委員会で、論議を尽くすことも検討すべきだ。

(2021年10月9日朝刊掲載)

首相「成長と分配」両立 新しい資本主義提唱 所信表明

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