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連載・特集

新春対談 岸田文雄首相 中国新聞社 岡畠鉄也社長

精神的なプレッシャー 想像以上

一回決めたら終わりではない。国民の声受け変えていく

 被爆地初にして、憲政史上100代の節目も刻んだ岸田文雄首相(広島1区)。就任間もなく臨んだ衆院選で勝利し、政権基盤を固めて迎えた2022年に「岸田カラー」をいかに発揮していくのか。「ライフワーク」とする核兵器廃絶への情熱や国政のかじ取り役を担う重責、「政治とカネ」問題の根絶に向けた使命感などについて、中国新聞社の岡畠鉄也社長との対談で語った。(下久保聖司、口元惇矢)

被爆地初の首相

  ―2021年10月4日に衆参本会議で首相に選出され、4日で3カ月。どう自己評価しますか。
 結果の評価はまだ先だと思うが、自民党総裁選に立候補を表明した21年8月26日は私の政治人生で大きな節目で、それからの日々は激動だった。

 総裁選当時、自民党も日本の政治も危機的状況にあった。改めて国民のみなさんに自民党のありようを考えてもらうという点で、総裁選は大きな意味があったのではないか。そこで勝って第100代首相となり、就任10日後という史上最短で衆院を解散した。

  ―衆院解散・総選挙は21年10月19日公示、31日投開票で、新型コロナウイルス対策や今後の経済政策などが争点となりました。
 マスコミのほとんどは、自民党が負けると予想していた。仮にその通りだったら私は史上最も短命な首相になっていた。幸い自民党で国会運営を主導できる「絶対安定多数(261議席)」を取らせていただき、私は第101代首相となって現在に至っている。

  ―内閣支持率は比較的高い水準で、岸田政権はまず順調なスタートと見えます。
 首相になって思うのは、スケジュール的にも体力的にも大変厳しいが、それ以上に、最後は自分で決めなければならない、決めた結果は全て自分で負うという重い責任がある。この精神的なプレッシャーは想像以上のものだ。心身共に大きな重圧の中で、新しい年を迎えている。

「聞く力」とコロナ禍

  ―自らの長所に「聞く力」を挙げられています。これまでの政権が強権的だと世間で指摘されたことを教訓にしているのですか。
 首相はさまざまな決断を迫られる。大事なのは、その「物差し」を何にするかではないか。結論から言えば国民のためになるかどうかだ。いったん物事を決めたとしても、状況の変化や国民の声を受けて変えなければならない、あるいは柔軟でなくてはならないと思ったら、ちゅうちょなくそうしていく。一回決めたら、それで終わりではない。

 「聞く耳」を大事にするからこそ、絶えず決断を迫られる。その意味では重圧との闘いが続いている。今後も、こうした姿勢は大事にしたい。

  ―新型コロナ対策で18歳以下への10万円相当の給付を巡っては当初、現金とクーポンが半々と打ち出しましたが、全額現金給付も認めました。
 先ほど言った思いで、10万円給付策も臨んだ。途中で変わったわけではなく、選択肢を増やしたということだ。「朝令暮改だ」と言う方もいるが、そうではなく、聞く耳を持って現実的な対応をした。そういう決断だったと思っている。

NPT会議と核禁止条約

  ―被爆地選出で、親戚を原爆で亡くされたこともあって「核兵器なき世界」の追求をライフワークに掲げています。米ニューヨークで予定されている核拡散防止条約(NPT)再検討会議でどのような成果を目指しますか。
 NPTは核兵器保有国と非保有国の両方が参加しているという点で、大変重要な枠組みだ。前回15年の再検討会議に私は外相として臨んだが、合意文書の採択に至らず大変残念な思いをした。今回の目標は、最低限ここまでは合意できるという点を模索して文書作成につなげることだ。これを基に次の段階につなげていきたい。

 前回は(イスラエルの非核化を念頭にした)中東非核地帯構想の議論が最後にネックとなった。保有国と共に合意できる限界がどこなのか、考えなければならない。

  ―核兵器禁止条約にはどんな姿勢で臨みますか。合意文書に核兵器禁止条約という文言は入りますか。
 核兵器禁止条約は核兵器なき世界を目指す場合に「出口」となる大変重要な条約だ。そこへ足元のNPTからどうつなげるかを考えていく。今回採択を目指す合意文書はその第一歩になると思う。

  ―世界はヒロシマの首相がどのような問題意識を持っているか注目しています。
 では踏み出した次に現実的に何をしていくか。NPTの議論の先にも包括的核実験禁止条約(CTBT)がある。すっかり忘れられた感があるが、CTBTは議論が既に行われ、国連に事務局まで置いて発効に向けた努力を続けてきた。最近は核兵器禁止条約ができ、CTBTに対する努力が忘れられているのではないか。

 兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)の議論もあった。国単位で核軍縮を考えていても実質的な成果が上がらないので、高濃縮ウランなど核兵器の材料となる物質を国際社会で管理して核開発そのものをコントロールしていこうという話だが、これも交渉が頓挫している。

 今まで先人たちがいろいろ現実的な枠組みを考えてきたが、一気に理想に飛んでしまい、その間をどうつなぐかという議論が忘れられているのではないか。足元から核兵器禁止条約につなげていくことを考える上で基本となるのは、米国との関係構築だ。

  ―早期渡米とバイデン米大統領との会談の実現を模索しておられます。
 幸い、バイデン氏も自らの大統領選中に「核兵器のない世界を目指す」と演説した。信頼関係をつくって理想に向けてどう進めるか、米国をどう巻き込むか、そこから始めなけばならない。

  ―核兵器禁止条約の第1回締約国会議が22年3月に迫り、日本にオブザーバー参加を求める声があります。
 核兵器禁止条約を保有国は「現実的でない」と退けている。唯一の戦争被爆国である日本は理想に向けて共に前進するにはどうしたらいいか、保有国を説得する役割を担っている。

岸田カラー どう発揮 核なき世界へ たいまつかざし続ける/政治とカネ 党改革に努力

 いきなり理想に向けてオブザーバー参加するというのは一つの考えかもしれないが、そうすると結局現実は動かないということに終わるのではないか。この点をいま一度考える必要があると私は訴えている。

  ―オブザーバー参加は選択肢にないのですか。
 現時点ではない。

  ―松井一実広島市長らはぎりぎりまで努力してほしいと言っていますが。
 核兵器禁止条約の議論はこれからも続くだろう。努力をして両方が交わる道を探っていきたい。3月の段階でそこまでいきなり行くかどうか。決して否定はしないが、現実はそう甘くないと思っている。

G7サミット広島誘致

  ―保有国と非保有国の「橋渡し」をする上で、日本が議長国を務める23年の先進7カ国首脳会議(G7サミット)を被爆地広島で開催したらどうでしょう。
 16年に現職米大統領として初めてオバマ氏が広島を訪れた際に、私はこう言いました。「核兵器のない世界」を目指すにあたって、世界の政治指導者に被爆地へ足を運んでもらい、被爆の実相に触れてもらうのは大変意味あることだと。その点でもG7サミットを広島で開こうと広島県・市などが誘致を表明したのはなるほどなと思う。

 ただサミットは今の世界のさまざまな問題を話し合う場だ。核軍縮・不拡散はもちろん大きなテーマだが、気候変動や経済、安全保障などあらゆる課題を議論することになる。広島の他に福岡県・市、愛知県・名古屋市が立候補を表明している。それぞれの都市の思いをしっかり踏まえた上で判断しなければならない。22年6月にドイツでサミットが開かれる前までに候補地を絞る予定だが、現時点では全く決まっていない。

  ―首相と保有国の首脳が広島で向き合い、空気、空間を共有する光景を見たいですね。
 いずれにせよ、私が「核兵器なき世界」という理想に向けて、たいまつをかざし続けることは間違いない。

河井夫妻事件

  ―19年の参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件で河井克行元衆院議員と妻の案里元参院議員の有罪が確定しました。夫妻側に1億5千万円を渡した自民党本部が「買収資金になっていない」との報告書をまとめ、首相も「了」としましたが、広島県民の多くは納得していません。もう一度調査する気はありませんか。
 さまざまな疑念に応えるのは大事だが、議論は整理しないと。「すっきりしないから怪しい」では政治の信頼回復にはつながらない。重要なのは党本部から公式に出された金が買収に使われなかったかどうかだ。検察から返還された資料を基に公認会計士や弁護士が報告書をつくり総務省などに提出した。その中身は誰でも見ることができる。

  ―1億5千万円を提供した経緯が明らかになっていません。落選した岸田派ベテランの溝手顕正氏側への資金提供は10分の1の1500万円でした。買収に使われた2871万円は政権中枢から流れた金ではないかという疑惑もあります。
 情勢が厳しい陣営には集中的に選挙資源が投下される。これは自民党がずっとやってきた戦術だ。

 不公平だという点には私も思うところがある。しかし正規の手続きで当時の執行部(安倍晋三総裁、二階俊博幹事長ら)が必要だということで(案里氏陣営に)金を投下した。この判断をした執行部が国民から見て信頼に値するかどうかだ。自民党が信頼されていない。だからこそ私も総裁選で党改革を訴えた。

  ―確かに「総裁を除く役員任期は1期1年、連続3期まで」という主張は、総裁選の勝因になりました。
 権力が一部の人間に集中し、惰性で物事が決まるような自民党であってはならない。第三者や外部の人も入れて党運営を確認してガバナンス(統治)を回復しないと、こういったことが繰り返されると訴えた。茂木敏充幹事長の下で党改革の議論がスタートした。信頼回復に努め今後を考えていくべきだ。

  ―河井夫妻が刑事訴追されても辞職せず、歳費を受け取り続けたことに批判が高まりました。選挙違反で有罪が確定した議員に返納を義務付ける歳費法改正は実現していません。通常国会で成立させますか。
 自民、公明の連立与党で合意しながら法改正に至っていない。その後抵触するような事案は出ていないが、今後に備えて法改正はしないといけない。通常国会での成立に向けて与党は努力をすると認識している。

  ―先の衆院選で当選した新人、元職が、21年10月の在職が1日なのに月100万円の文書通信交通滞在費(文通費)が全額支給され、国民から怒りや疑問の声が上がりました。
 不祥事ではなく、制度としてこれでいいのか、国民感覚に照らすとおかしいのではないかというのは、その通りだ。いま茂木幹事長の下で議論を進めている。透明性を高める上で大事な取り組みだと思っている。

きしだ・ふみお
 早稲田大卒。日本長期信用銀行員、衆院議員秘書を経て1993年衆院初当選。自民党青年局長、沖縄北方担当相、党国対委員長、外相、党政調会長などを歴任した。64歳。広島1区、衆院当選10回(岸田派)

包括的核実験禁止条約と兵器用核分裂性物質生産禁止条約
 1996年に国連で採択された包括的核実験禁止条約(CTBT)は核爆発を伴うあらゆる核実験を禁じる。2021年9月時点で日本など170カ国が批准。発効には条約交渉時点で原子炉を持っていた44カ国の批准が必要だが、米国や中国、インドなど8カ国が未批准で発効していない。米国が93年に提案しながら各国の思惑が入り乱れ、交渉が足踏みしたままなのが兵器用核分裂性物質生産禁止条約(FMCT)。高濃縮ウランや兵器級プルトニウムなど核兵器の材料となる物質の生産禁止を目的とし「カットオフ条約」とも呼ばれる。両条約は00年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の合意文書で核軍縮措置に位置付けられた。

2019年参院選広島選挙区を巡る大規模買収事件
 東京地裁判決によると、河井克行元自民党衆院議員は19年3~8月、妻の案里元自民党参院議員を当選させる目的で広島県内の地方議員や後援会員たち100人に計2871万円を渡した。うち40人は当時、現職の県議や市町議、首長だった。克行氏は実刑判決が、案里氏は県議4人への160万円の共謀で有罪判決が、それぞれ確定した。東京地検は21年7月、現金を受け取ったとした100人全員について、被買収罪の成立を認めた上で不起訴処分にした。

(2022年1月1日朝刊掲載)

核なき世界へ保有国説得が役割 岸田首相、本社岡畠社長と対談

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